日々ブログ MORIMORI @宮崎

継続は力なり、スナップ写真と短文で日々更新目標 By MORIMORI

西米良神楽 村所八幡神社大祭 村所神楽 Part2

Posted morimori / 2016.12.18 Sunday / 23:01


■《関連ニュース追記》平成29年1月28日 記

「米良山の神楽」国選択文化財に

国の文化審議会は、平成29年1月27日、尾八重神楽(西都市)、中之又神楽(木城町)、村所神楽、越野尾神楽、小川神楽(西米良村)五つの神楽を「米良山の神楽(めらやまのかぐら)」として「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」(選択無形文化財)に選択するよう答申したとのことです。
当サイト内、ブログ記事  「米良山の神楽」、国の選択無形民俗文化財に/ 追記おわり

米良神楽

以下の説明での『米良神楽』は、米良地域に伝わる神楽、つまり、西米良神楽(村所神楽、小川神楽、越野尾神楽など)、銀鏡神楽(西都市)、打越神楽(西都市)、湯之片神楽(西都市)、尾八重神楽(西都市)、中之又神楽(木城町)などの総称です。

米良系神楽分布図
〜 宮崎の神楽(山口保明著)を参考に、現状にあわせ作図 〜

※「銀鏡神楽」の国指定登録名が「米良神楽」となっておりますので、混同しないように付記しました。


『米良神楽』
 米良神楽は大和神楽の流れをくむものである。
南北朝時代、肥後の菊池氏が九州における唯一の朝廷方の豪族として、勤王の旗印を上げていた時に、征西将軍の宮懐良親王は幼少にして大命を拝して肥後の地に御下りになった。時折親王のお心を慰め申しあげる為に、当時、京の都や宮中において舞われた舞を、随従の公爵・武将によって舞われた舞が、今日の米良神楽の流れである。

 後、肥後の菊池氏は菊池の本城落城の末、征西将軍の官を奉じて米良山中に入山したと伝えられる。世は下り、文明三年(一四七一)懐良親王を祭る大王宮が建立さるるや、征西将軍の宮が生前好きであつた舞を神前に奉納した。これが、米良
神楽の始まりである。

 米良神楽の組み立ては岩戸神楽になぞらえて、最後に岩戸開き三番を加えた。しかし、全体の神楽の構成は米良神楽特のものである。

 その一つは、前半は 「神神楽」 と称し、優雅・荘重な雰囲気であること。後半は、勇壮なものに重点が置かれ、「民神楽」と称して 「神楽ばやし」の歌が参詣人によって歌うことが出来る。
 その二は、郷土の祖先の霊を祭る内容のもので組み立てられている。
 その三は、神楽奉納者は一定の修業を経た 「社人」と称する人によって舞われることである。

 その舞い振りは、大陸文化の影響を受けて新しく生まれた日本芸術文化の粋で作られていることにある。したがつて、舞い振りは昔の唐舞い・朝鮮舞いで構成されているのが、米良神楽の舞い振りである。

説明文は、当日受付で頂いた資料より転記


西米良神楽 村所八幡神社大祭 村所神楽


9番 大王様(だいおうさま)

大王様とは征西将軍宮懐良親王を言う。米良入山の当時のお姿で神楽場にお降りになる。
村所神楽 9番 大王様
〜 村所神楽 9番 大王様(だいおうさま) 〜



14番 八幡様(はちまんさま)

八幡様祭神の舞である。八幡様は応神天皇、征将軍宮懐良親王・米良重為・米良重鑑公を祭る。
但し神楽にお降りになる方は重鑑公をさして八幡様と申し上げている。
出陣の姿で舞を納めるは歴代の宮司がこれを受け持つ。
家内安全・武運長久等を祈願している。
村所八幡神社神楽 (村所神楽)14番 八幡様(はちまんさま)
〜 村所神楽 14番 八幡様(はちまんさま) 〜
面は西米良に没した修験僧 大円の作


みやざき風土記  No.33 3000もの仏像を残した廻国僧大円(3) / 前田博仁(宮崎民俗学会副会長)より一部引用

ところで、大円が住職となった新立寺は村所八幡神社の別当寺であった。延享3年(1746)の「米良山覚帳」によると新立寺には6人の山伏がいた。
 村所八幡は南北朝時代、征西将軍懐良親王の子良宗を奉じて米良山に潜居した菊池氏(後に米良氏)が御川神社を創建、天正2年(1574)米良弥太郎重鑑が崇敬した豊前宇佐宮の分霊を勧請して神社を再建した。これが村所八幡で宇佐八幡とも称する。新立寺の住職は村所八幡宮の社僧でもあった。
 現在も村所八幡神社では12月に夜神楽が奉納されるが、深夜12時頃に奉納される「八幡様(重鑑)」の舞は歴代宮司が勤め、この舞が始まると人々は被り物やマフラ−などを取って「八幡様」を拝み賽銭をあげる。33番演目中の最も厳粛な舞、これに使用される面は大円が彫刻したもので現在も着用される。八幡宮の社僧であった大円も自分で彫った面を着けこの舞を舞ったのである。


15番 御手洗様 (みたらいさま)

八幡様つまり米良弥太郎重鑑公の奥方様の舞であるこの方を呼んで「御勝様」と言う。自刃の時は臨月であったので、安産の神として信仰厚い女神の舞である。

村所八幡神社神楽 (村所神楽)15番 御手洗様 (みたらいさま)
~ 15番 御手洗様 (みたらいさま)  ~


20番 白海 (びゃっかい)

面をつける舞手一人。御神屋を軽快なリズムで巡り、白蓋を面棒で突付きながら舞う。別名「注連ほめ面」とも言い、また「蜂の巣つくじり」とも言う。

百海
〜 村所神楽 20番 白海 〜


22番 荒神の舞 (こうじん)

面を付けて舞う一人舞。注連に用いた樹木を荒神の許しを得ずして切り出した為に荒神の怒りをうける場面の舞である。古典能のくずしの舞い振りである。問答は長文。

村所八幡神社神楽 (村所神楽)22番 荒神の舞 (こうじん)
~ 村所神楽 22番 荒神の舞 (こうじん)  ~


30番 部屋の神(へやのかみ)

別名「しゃくし面」という一人舞人舞。伊邪那岐命・伊邪那美命の舞で、子孫繁栄を祈る舞であり、米良神楽独特の舞である。

村所八幡神社神楽 (村所神楽)30番 部屋の神(へやのかみ)
~ 村所神楽 30番 部屋の神(へやのかみ)  ~



村所神楽 部屋の神
~ 村所神楽 30番 部屋の神(へやのかみ)  ~


村所八幡神社神楽 33番の番付と説明


以下の神楽番付の説明は、当日受付で頂いた資料より転記。
進行神事名説明
修祓

(しゆばつ)
1修祓
(しゆばつ)
神楽奉納の始めに当たり、諸々の不浄を祓い清める舞で、神楽奉納の最初の場面である。
献撰
(けんせん)
2献撰
(けんせん)
神前と神屋に供え物が運ばれる神事で、極めて荘重な音楽にのせて、厳粛に古式豊かに取り行う。平安の昔、宮中で行われたそのままの形を保つ。
注連拝
(しめおがみ)
3注連拝
(しめおがみ)
正面に天照大神、右に豊受大神を勧請して、その中前にて声高らかにお祓いをとなえる。
清山
(きよやま)
4清山
(きよやま)
舞手二人、神事の清めの舞で御神屋に勧請した天照皇大神、豊受大神の御前の神楽場の清め舞。前段は優雅な舞で、後段は軽快な乱れの舞へと続く。
挟舞
(はさみまい)
5挟舞
(はさみまい)
舞手二人、米良神楽の基本舞である。神楽の前と後をはさむことから、挟みという名が用いられたもの。この舞い振りは米良神楽の基本であり、朝鮮舞・唐舞の舞い振りが取り入れてあり、かつて奈良や平安の時代に大陸文化の影響を受けて、出来た日本の古い文化の流れをくむ。
地割
(ぢわり)
6地割
(ぢわり)
舞手四人、刀を持って舞う。約二時間もかかる。天神地祗祀り、民の生きる喜びを共にする場を造り固め、守り清める舞である。前段は荘重な舞、中段は祈りの舞であり、後段は軽快で勇壮な舞で組み立てている。舞は国作りを現わし、東・西・南・北・中央と割清める。
天任
(てんにん)
7天任
(てんにん)
舞手二人、米良神楽を代表する宮中神楽である。優雅で上品な舞、唐舞・朝鮮舞で組み立てられている。 天子様に仕える若人の舞。
幣差
(へいさし)
8幣差
(へいさし)
舞手二人、腰に弊をさして舞う。この舞は米良草分けの老将軍征西将軍官懐良親王であらせらる大王様のお降りをおむかえする舞である。
9大王様
(だいおうさま)
大王様とは征西将軍宮懐良親王を言う。米良入山の当時のお姿で神楽場にお降りになる。
10爺様
(じいさま)
一説に大王様の父上とも称され、又一説にはこの方が懐良親王で大王様は御子君良宗親王ともいわれる。この方を昔からお爺様と申し上げた。
11婆様
(ぱあさま)
大王様の奥方様の舞である。孫七人をお守りしながら遊びの様が神楽の中に取り入れてあり、米良歴史物語の神事劇である。
12七ツ面
(ななつめん)
七人の孫が舞い遊ぶ様子を現したものであるが、一説には七人の公爵・武将とも伝えられている。小学校の児童たちを参加させている。
 幣差
(へいさし)
弊差の後半の舞い納めの舞である。
住吉
(すみよし)
13住吉舞
(すみよしまい)
宇佐八幡宮(村所八幡神社)の祭神の舞をむかえる神前の舞をいう。舞手四人、米良神楽中最も優雅で品格の高い舞である。また米良神楽を代表する神楽でもある。荘重で唐舞・朝鮮舞の極致がい舞い込まれて、見あきのしない舞である。
14八幡様
(はちまんさま)
八幡様祭神の舞である。八幡様は応神天皇、征将軍宮懐良親王・米良重為・米良重鑑公を祭る。但し神楽にお降りになる方は重鑑公をさして八幡様と申し上げている。出陣の姿で舞を納めるは歴代の宮司がこれを受け持つ。家内安全・武運長久等を祈願している。
15御手洗様
(みたらいさま)
八幡様つまり米良弥太郎重鑑公の奥方様の舞であるこの方を呼んで「御勝様」と言う。自刃の時は臨月であったので、安産の神として信仰厚い女神の舞である。
16獅子舞
(ししまい)
奥方様の舞の中ほどから、獅子が祭りの場に現われる。この面は横山佐左衛門の作で約二百年経っている。応神天皇の御神霊を千頭の猪が出むかえしたという古事にならつたものであるが、また米良山中の猪と舞い遊ぶ姿をあらわしたものでもある。
17大山祀命
(おおやまづみのみこと)
磐長姫命
(いわながひめ)をたずねて米良山に 入山された大山祀命は、遂に狭上の深山にてなくなられたと云う。八幡宮の祭に猪を追ってお降りになり、獅子と共に舞い遊ぶ様を神楽にして舞い納める一場面である。
 住吉舞
(すみよしまい)
住吉舞の最後のしめくくりの舞い納めである
神水
(かんすい)
18神水
(かんすい)
舞手四人、民神楽の一番を受け持つのが神水の舞である。勇壮二舞で、前段・後段とも太刀を持ったりリズミカルな舞い振りで構成される。
一人剣
(ひとりつるき)
19一人剣
(ひとりつるき)
舞手一人、剣の霊力で土地の霊を鎮め、神の加護を寿ぐ軽快、豪快な舞である。昔、宮中にて舞わた舞と云えられている。
白海
(びゃっかい)
20白海
(びゃっかい)
面をつける舞手一人。御神屋を軽快なリズムで巡り、白蓋を面棒で突付きながら舞う。別名「注連ほめ面」とも言い、また「蜂の巣つくじり」とも言う。
弓将軍
(ゆみしょうぐん)
21弓将軍
(ゆみしょうぐん)
舞手二人、豊岩屋戸
(とよいわやと)の尊・斟岩 屋戸
(くしいわやと)の尊の二神の舞。須佐之男 命から天照大神の水田を守護する舞で、弓と矢を持って舞う。宮中舞の一つなり。
荒神
(こうじん)
22荒神の舞
(こうじん)
面を付けて舞う一人舞。注連に用いた樹木を荒神の許しを得ずして切り出した為に荒神の怒りをうける場面の舞である。古典能のくずしの舞い振りである。問答は長文。
23ていの舞荒神の怒りをとく神王の舞。長い問答でようやく荒神の怒りが解けて、神楽の続行が出来る事を喜寸、感謝して舞を納める。舞手一人。
伊勢の神楽
(いせかぐら)
24伊勢の神楽
(いせかぐら)
一人、宮司の舞。伊勢大神の御前の舞を現したもの。天照大神が天の岩戸にお隠れになり、日本国中が暗闇となり、八百万の神々が集まって協議の場面を表現したもの。上品な宮中舞で、貴族風の舞である。
大神様
(だいじんさま)
25大神様
(だいじんさま)
(嫁女面)
伊勢神楽の最中に八ツ注連の下に鎮座される。天照大神が岩戸にお隠れになつた場面を意味する。岩戸開きまでそのまま座す。
(面をつけて座す。)
手力男命
(たぢからおのみこと)
26手力男命
(たぢからおのみこと)
岩戸のありかを確かめる舞。わずかな明かりを頼りに中腰で道をたずねる様を舞にしたもの。後段は岩戸のありかを見つけて喜び舞う。面は大円作。
戸隠し
(とがくし)
27戸隠し
(とがくし)
天のうずめの命の舞。天岩戸の前でおもしろ、おかしく舞う様を舞に組み立てたもの。面を「とかくし面」という。
手力男命
(たぢからおのみこと)
28手力男命
(たぢからおのみこと)
岩戸開きの舞。いよいよ岩戸のありかがわかり、岩戸を開く機会をうかがっている舞で、遂にその時がきた。そして岩戸開きを成就する。
挟舞
(はさみまい)
29挟舞
(はさみまい)
神神楽のはじまりの舞と同じで、終了に近いところで再度この舞を納める。やがて閉幕をつげる舞である。
部屋の神
(へやのかみ)
30部屋の神
(へやのかみ)
別名「しゃくし面」という一人舞人舞。伊邪那岐命・伊邪那美命の舞で、子孫繁栄を祈る舞であり、米良神楽独特の舞である。
注連たおし
(しめたおし)
31注連たおしの舞
(しめたおしのまい)
舞手六人。面様登場。神尾で柱連をたおす前に八百万の神々が集まって歌い、よろこびの様を舞にしたもの
32火の神舞
(ひのかみまい)
火神の前での舞。舞手二人。台所を守る働き衆にむかえられて、御釜様の前でお礼言葉の舞。
33成就の舞
(じょうじゅのまい)
舞手二人。御釜様の御前舞が終われば、再び神屋に出て最後の舞納めをする。上品な気品ある舞である。


舞・笛・太鼓・鉦 どれも素晴らしい。会場の雰囲気含め、とても良い神楽でした。特に優雅な笛の音は特筆もの。
他の番付・写真含め、「いずれ」Webページ化したいと思います。
但し、32番の 火の神舞(ひのかみまい)など一部は(外にいたので)撮りそびれました。

アクセス・地図等

住所:〒881-1411 宮崎県児湯郡西米良村大字村所91-13
地図:GoogleMap Mapfan Mapion
マップコード(600 783 565*03)
緯度経度:32度13分19.26秒 131度9分25.47秒(日本地理系)

ストリートヴュー

概略地図

西米良神楽

西米良神楽は大きく分けて「村所神楽」、「小川神楽」、「越野尾神楽」の三つで構成されています。

村所神楽

村所神楽は西米良村村所地区の「村所八幡神社」に伝わる神楽で、特徴としては、神楽の前半を「神神楽」、後半を「民神楽」と称しそれぞれの舞振りなどが違うことや、一定の修行を経た「社人」と称する人々によって舞われること等が挙げられ、その舞振りは昔の唐舞いなど大陸文化の影響を受けているといわれています。
現在、村所神楽保存会の会員は、小学5年生から70代までの33人とのことです。

小川神楽

小川神楽は、西米良村小川地区に鎮座する「米良神社」に伝えられる神楽で、毎年、12月の第二土曜日を基本として夜神楽が奉納されます。小川神楽では、米良神社の御祭神である「磐長姫命」の舞や鎌倉時代の面と伝えられる「菊池殿宿神」の舞など土地の歴史や神楽の古形を残しながら舞い継がれます。

越野尾神楽

越野尾神楽は西米良村越野尾地区の「児原稲荷神社」の大祭に奉納される神楽で、隣接地の銀鏡から八重へ、そして越野尾へと伝わったという伝承をもちます。越野尾神楽では、この土地独特の「栗三郎」と呼ばれる神が出座し、続いて「白稲荷」「赤稲荷」と呼ばれる白と赤の稲荷面を付けた主祭神が降臨するなど、土地の神々を祀る祭礼として伝承されてきたものです。

上記、神楽の説明は、西米良神楽と昔語り / みやざきアートセンター・カリコボーズの里(告知チラシ)より引用



  • 越野尾神楽 (越野尾神楽保存会)
    児原稲荷神社 毎年11月最終週の土日 (GoogleMap)
  • 狹上神楽 (村所神楽保存会)
    狹上稲荷神社 毎年12月第1週の土日 (GoogleMap)
  • 小川神楽 (小川神楽保存会)
    米良神社 毎年12月第2週の土日 (GoogleMap)
  • 村所神楽 (村所神楽保存会)
    村所公民館 12月第3週の土日
  • 竹原神楽 (村所神楽保存会)
    竹原協業センター2年に1回12月第4週の土日 (GoogleMap)(おおよその位置)
  • 横野神楽 (村所神楽保存会)
    横野活性化センター 4年に1回12月第2週の土日
  • 上米良神楽 (村所神楽保存会)
    上米良多目的集会施設 4年に1回12月第2週の土日


12月24日の「竹原天満神社大祭」会場(竹原協業センター)の夜神楽で今年度の「西米良神楽」は終わりです。



近くでご覧になっていた、宮崎民俗学会副会長の前田博仁先生、貴重なお話などいろいろありがとうございました。

夜明け頃の気温はマイナス二度、持参したバックの上に霜が降りておりました。

星が多くみられました。


他の番付や写真を交えたWebページを来年の神楽シーズンまでに作成しようかと思っております。

今回の「村所神楽」シリーズ(全5回)

 村所神楽 Part5 村所八幡神社
 村所神楽 Part4 献饌
 村所神楽 Part3 岩戸開き
 村所神楽 Part2 八幡様他・番付表・アクセス
 村所神楽 Part1 注連・会場の様子など
 
肖像権・プライバシー権の観点より、写真に写り込んだ見学者の方は、Web公開時にボカシ加工を行いました。
写真・文章・内容等で、お気付きの点がございましたらメールをお願いします。

 宮崎の神楽


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西米良神楽 (西米良村教育委員会編)
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文:高見乾司 写真:小河孝浩
西米良神楽の解説本
宮崎県西米良村に伝わる「村所神楽」「小川神楽」「越野尾神楽」の三座の神楽の三十三番を詳細に解説。さらに、村所神楽の社人が勤める「狹上神楽」「横野神楽」「竹原神楽」「上米良神楽」の資料も付記し、広大な米良山系に分布する旧・東米良の神楽の特徴との共通点なども俯瞰する。西米良神楽探訪必携の書。

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