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平成29年 高鍋神楽 六社連合大神事(三納代八幡神社) Part1 

Posted morimori / 2017.01.14 Saturday / 20:19


六社連合大神事(三納代八幡神社) 

平成29年 「六社連合大神事」へ出かけてきました。
今年の 「六社連合大神事」は、新富町の「三納代八幡神社」でした。

六社連合大神事リーフレット」によると、三納代 八幡神社は
創建の年代や由来は不詳ですが、『宇佐大鏡』によると、宇佐八幡宮の分神として現在の地に奉建されたのがその創建であるとも言われています。八幡神社では、7代藩主秋月種茂の治世に悪疫が流行し、武士や庶民が困窮したことを憂えた藩主が自ら藩社、比木神社、八幡神社など6社に巡拝し、五穀豊穣や悪霊退散、藩民安泰の祈願神事を執行したことも伝えられています。
御祭神は、仲哀天皇、応神天皇、神功皇后。

とのこと。

高鍋神楽を本格的に見るのは、初めてでしたが、厳かな神事、素晴らしき子供の神楽、「ふところ深き宮崎の神楽」を体感した次第です。

今日からバックデートで(^^;)数回に分けてお届けします。
子供神楽の動画も少しだけですが撮りましたので、後日編集してお届けします。


まず最初に、「六社連合大神事」の説明を、当日いただいたリーフレットより引用ご説明します。

六社連合大神事とは


〜祈りと感謝の舞 それは、奇跡の物語〜

元来、「神楽」は日々を平穏無事に暮らせることへの感謝や祈りの意味をこめて、長い年月をかけ、それぞれの地域に受け継がれてきました。宮崎県内では、約350座の神楽があるとも言われていて、このうち旧高鍋藩領では、集落の行事として伝承されてきた夜神楽を総称した高鍋神楽が今に伝えられています。
 六社連合大神事とは、毎年旧高鍋藩内の6つの神社が結集して高鍋神楽の奉納を執り行う歴史ある行事のことで、旧郷社と呼ばれる比水神社(木城町)、八坂神社(高鍋町)、白髭神社(川南町)、平田神社(川南町)、八幡神社(新富町)、愛宕神社(高鍋町)が年ごとに輪番となり務めています。
 その歴史は江戸時代にさかのぼります。高鍋藩初代藩主・秋月種長公の姫君が大病を患い、回復の兆しも手立ても見つからぬまま、人々は嘆き悲しんでいました。そんなときに、藩に仕えていた大寺余惣エ門(おおてらよそえもん)という人物が姫君の病気平癒のため、木城町の比木神社へ1000日間参拝し祈願し続けました。その後、姫君は奇跡的に病が治り、藩に平穏な暮らしが戻りました。その際のお礼に神楽を舞ったことが、「神事(かみごっ)」の始まりだと言われています。以来、毎年旧暦12月2日に行われるようになりました。
明治の新しい世が始まると、神仏分離運動による神威高揚の風潮も加わって存続の危機が訪れます。その後、歴史ある神楽を後世へ残していくために、6社が年に一度集結して神楽を統合して奉納する現在の「大神事」が始まったのです。
 現在の大神事は、旧暦12月2日に近い土日に開催しています。その年の役目を担う神社は、境内に神籬(ひもろぎ)と呼ばれる大きな山を仕立て、しめ縄をはり、御幣装飾物を飾り、神楽庭を作っていきます。これを山づくり、または氏人の行事ともいい、作業に2ヶ月を要する神社もあるなど、各社にとっては6年に1度の大行事となります。
 当日は、神事を執り行ったのちに夜を徹して神楽33番を奉納します。序・破・急の3段編成から成り、場を清め、神々を招招き加護を願う「序の段」、庶民の祈りを表現し、変化に富んだ番付が続く「破の段」、有名な岩戸開きの「急の段」にわかれています。最後は、神歌、「玉千穂神の御膳にかくしこそ 仕えまつらね万代までに」が夜明けとともに唱和されます。
 平成27年10月には、日韓国交正常化50年に韓国でも公演。最近では子ども神楽の育成にもカを注ぐなど、後世に伝えていく活動も幅広く行っています。

六社連合大神事(三納代八幡神社)


三納代 八幡神社


六社連合大神事(三納代八幡神社) 
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