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木城町〜美郷町「師走祭り」 2018年1月26日(金)〜28日(日)

Posted morimori / 2018.01.04 Thursday / 23:26


師走祭り
〜 師走祭り「迎え火」 〜


「師走祭り」と言えば、こんな感じの鳥居の向こうが燃えているシーンをよく見ますよね。ありがちな、お約束、定番写真ではありますが、この鳥居が無いと、単なる野焼きみたいな感じになってしまいますし(^^;)

このよく見るシーンは、師走祭り一日目、金曜日に行われる、高さ10mm、約30基の櫓が燃え盛る「迎え火」です。
迎え火が燃え上がる中、木城町の比木神社出発したご神幸は、父の待つ神門神社へと続きます。
この火の饗宴は、故事によれば王を護った火と煙の再現であると言われているそうです。

日程は、2018年1月26日(金)〜28日(日)

今年の「師走祭り」の日程は、1月26日(金)〜28日(日)、木城町〜美郷町南郷区において、ご神幸、神事などがとリ行われます。
一番の見所となる、美郷町南郷区での「迎え火」は1月26日(金)です。
※旧暦の12月=「師走」に執行されるので、「師走まつり」と呼ばれております。

1300年の歴史が物語る「師走まつり」伝説の百済王父子の絆

百済王の亡命 〜 親子の一年に一度の再開 〜

「師走祭り」は、西暦660年、朝鮮半島の百済が、唐と新羅(しらぎ)の連合軍に攻め滅ぼされ、663年百済再興の戦いにも破れ、多くの王族、部族は日本の畿内へと亡命した。その後、7世紀から8世紀中に日本に頻発した政治事件によってこの地、現在の美郷町と木城町に百済の王族が亡命した。という伝説を基に構成された祭りです。

 百済の王族であった父親の禎嘉王(ていかおう)は現在の日向市の金ヶ浜(かねがはま)に漂着、美郷町南郷区神門に。
息子の福智王(ふくちおう)は現在の高鍋町の蚊口浦(かぐちうら)に漂着、木城町に住んだ。
亡くなったのち、それぞれが神として、美郷町の神門神社、木城町の比木神社に祀られたと云う。

祭りは木城町の比木神社に祭られている王子・福智王のご神体が、父・禎嘉(ていか)王を祭る美郷町の神門神社まで、年に一度巡行面会に来るというもの。

祭りは江戸時代には行われていた。

この祭りがいつの時代から始められたのか、詳しいことはわかっていないようですが、江戸後期の『筑紫日記』や『高千穂採薬記』には記載されており、すでにそのころには行われていたようです。

昭和23年(1947)ごろまでは、片道90キロの道程、9泊10日を巡幸していたようですが、昭和23年前後より一部の行程を省略、その行程をほとんどを車を使い移動、2泊3日に短縮されております。


「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」

美郷町南郷区の神門神社と木城町比木神社のニ社合同、行政区をまたがって神幸する祭りは他に例をみないの祭りであり、民俗的にも価値のある祭りであるということで、平成3年(1991)、文化庁はこの祭り「日向南郷神門神社・木城比木神社の師走祭り」を「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択した。

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