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木城町 石河内展望台 日向新しき村

Posted morimori / 2021.04.03 Saturday / 23:47


石河内いしかわうち展望台




山と山とが讃嘆しあうように
星と星とが讃嘆しあうように
人間と人間とが讃嘆しあいたいものだ


 昭和四十三年  
  武者小路実篤

木城町 石河内展望台
木城町 石河内展望台


先日、木城えほんの郷へ行く際、「石河内展望台」に寄りました。
「石河内展望台」は、小丸川沿いを走る県道22号から、車で約3分位で行けます。
展望台は板を貼り替え、リニューアルしたばかりなのか、とても綺麗。


今日も黄砂の影響があり、霞んでいるのが残念。

木城町 石河内展望台より
木城町 石河内展望台(位置関係)


日向新しき村

日向国児湯郡木城村石河内字城。
之が私達の最初に住む土地の名称です。
字を城と云ふのは昔の城あとだからです。/ 実篤

大正7年秋、武者小路実篤(1885年〜1976年)が、「自他全生」、仕事と生命を尊重しつつ美・愛・真の人生を探求することを理想とし、共鳴する同志会員達と共に創始しました。 後に埼玉県に「東の新しき村」が建設され、当地は「日向新しき村」と呼ばれており、両村とも財団法人となっています。

郷の駅石河内

施設内には、自分で打ったそばを食べられるそば打ち体験道場、手打ちそばや、山菜弁当など石河内の味が楽しめる鹿遊(かなすみ)茶屋があり、石河内の特産品の販売も行っています。
営業時間:10:00〜15:00(昼食11:00〜15:00)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)年末年始

木城えほんの郷

ここには世界の色とりどりの絵本や絵本原画を展示している森のえほん館、自然の素材を使った手作り遊びや絵本の販売をしている森のきこり館、森の芝居小屋、森のコテージなどの施設が点在しています。星空や月明かりのもと、演劇や音楽を楽しむ日もあり、自然の中でゆったりとした時間を過ごせる郷です。
営業時間:10:00〜17:00(最終入館16:30)
休館日:毎週月曜日(祝祭日は翌日休館)(年末年始や展示替えの日は休館)
入館料:大人500円 小中高生300円

中八重緑地公園・ピノッQ館

  木城町サイト

石河内展望台の地図

  GoogleMap

道路:展望台までは対向車とすれ違い出来る位の道幅です。
この日は、峠の部分で工事中、通行止めでしたが、展望台までは行けました。
駐車:展望台のところに側道のようなものがあり、そこに数台は停められます。
展望台:東屋、テーブル&ベンチ2つ、単独ベンチ2つ あり、昼食の利用などにも良いかも知れない。但しトイレはありません。
トイレは車で5分もかからない「郷の駅石河内」が一番近いでしょうかね。

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石河内展望台より見た「日向新しき村」

石河内展望台から、武者小路実篤(明治18年〜昭和51年)の「日向新しき村」の全景を見ることが出来る。

日向新しき村(石河内展望台より撮影)
木城町 石河内展望台より見た「日向新しき村」


小丸川に突き出したようにある小さな集落が「日向 新しき村」。
「新しき村」は、約100年前、大正7年(1918年)に、文学者の武者小路実篤が提唱した「人間らしく生きる」「自己を生かす」社会の実現を目指して開いた農業共同体の村です。
小丸川右岸沿いの土地 6.5haに子供を含めた18人が入居しました。
最盛期には50人を超える住民が暮らしていたそうですが、昭和13年の川原ダム(当時は浜口ダム)建設により村の土地の半分が水没することなった。
木城町 川原ダム
木城町 川原ダム下流より

1939年(昭和14年)埼玉県毛呂山町に新たな土地4000坪を得て、「東の村」として再出発することになり、大半の住民は、新設された「新しき村」に移住しましたが、現在でも2家族3人が「日向新しき村」で暮らし、武者小路実篤の理念を受け継いで生活しているそうです。

石河内展望台 武者小路実篤詩碑


武者小路実篤詩碑
武者小路実篤詩碑


山と山とが讃嘆しあうように
星と星とが讃嘆しあうように
人間と人間とが讃嘆しあいたいものだ

 昭和四十三年  
  武者小路実篤

武者小路実篤詩碑
武者小路実篤詩碑


理想的な調和社会、階級闘争の無い世界という理想郷の実現を目指して、1918年(大正7年)に宮崎県児湯郡木城村に、村落共同体「新しき村」を建設した。実篤は農作業をしながら文筆活動を続け、大阪毎日新聞に『友情』を連載。しかし同村はダム建設により大半が水没することになったため、1939年(昭和14年)には埼玉県入間郡毛呂山町に新たに、村落共同体「新しき村」を建設した。但し実篤は1924年(大正13年)に離村し、村に居住せずに会費のみを納める村外会員となったため、実際に村民だったのはわずか6年である。

この両村は今日でも現存する。同村のウェブサイトでは、実篤が村外会員になって文筆活動に専念した事を好意的に受け止めている。実際に実篤が村民だった頃の活動は離村後の彼の執筆に多大な影響を及ぼしたといわれており、また同村にとっても実篤が事実上その象徴的役割を果たしたことは否めず、両者は今日に至るまで言わば持ちつ持たれつの関係にあると見ることもできる。(引用元wikipadia 武者小路実篤)


日向の新しき村は、小丸川右岸沿いの土地 6.5ha、耕地はわずかな畑、山林、原野に子供を含めた18人が入居。当時ここへ行くには橋がなく、舟で渡っている。先ず、麦や野菜の種まきから始まり、開墾、住居造りも共同作業を行った。実篤は、この新しき村の選定理由について、日向という名が気に入り、冬も働ける、天孫降臨日本発祥の地であったことをあげている。(引用元一般財団法人 日本ダム協会 8.川原ダム(小丸川)の建設)



県道22号を走ると、この時期、照葉樹林が美しいですね。

川原自然公園にも行きましたが・・桜も終わりだったし、この時期特に撮りたいようなところも無かったのは残念。
町外の方入園料100円は惜しくはないけど・・・入園見学するだけでそれに見合うものがあるのかと思うと?

展望台にある説明板で「郷の駅石河内」の事を知り、16時前に立ち寄ったのですが、閉店しておりました。
帰宅後、木城町サイトを見ると2015年6月30日の更新時点で営業時間は15時までとなっておりました。。
営業時間が変更になったのであれば、展望台にある掲示も訂正していただきたい。

トイレマップ イイネ!
木城町みんなのトイレマップ(PDF)
 


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