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継続は力、写真など交え更新 By MORIMORI

栂尾神楽見学道中記 Part1 紅葉「若山牧水生家」「延岡藩水清谷番所跡」

Posted morimori / 2019.11.24 Sunday / 23:49


秋の収穫への感謝や来年の豊作祈願をこめて集落の氏神様に奉納する「夜神楽」が、高千穂町、椎葉村などで始まりました。

当方は、先日、椎葉村大河内鎮座、栂尾つがお神社で奉納された「栂尾神楽」(国指定重要民俗文化財 椎葉神楽)を見学してきました。

このブログにて、栂尾神楽見学道中記 Part1・Part2、そして栂尾神楽見学記(Part1〜*)を記します。
その後、WebPageを作成したいと思います。

夜神楽の季節到来、11月12月は、宮崎県内各地で夜神楽が奉納、重なってしまうので、どこに行くか悩みます。

11月22日は、椎葉村大河内鎮座、栂尾つがお神社で奉納される「栂尾神楽」へ向かった。

栂尾地区は美郷町と隣接

栂尾地区は、椎葉村の南東部、椎葉村中心部から国道を40Km程走った、美郷町との境に位置します。
宮崎市方面からだと、西都市経由山越えなどルートはいくつかありますが、一番走りやすい、走り慣れた日向市側からのルートで向かう事にした。

当日は朝から雨につき紅葉撮影は諦め、のんびり出発

日向市方面から栂尾へ向かうと、紅葉の綺麗な「鬼神野渓谷」あたりを通るので、丁度紅葉も見られる、撮りたいと、期待しておりましたが、当日は朝からあいにくの雨、紅葉撮影はあきらめ、宮崎市をのんびり10時頃に出発した。

「尾鈴サンロード」経由で向かう

急ぎの時は、東九州道を利用するのですが、今日は神楽に間に合えば良いので、のんびり国道220号〜国道10号で向かった。
木城町の木城温泉ゆららのところから、県道40号を使い、いつものように日向灘沿岸北部広域農道(通称 尾鈴サンロード)を使い、日向市美々津まで行き、耳川を渡ったところから、県道51号(中野原美々津線)で耳川沿いに東郷町山陰へと向う。
木城温泉からのこのルートは、車も信号も少なく、椎葉、諸塚方面へ向かう際、帰る際に良く利用するコースです。

 GoogleMapに木城温泉〜栂尾神社間のルートを記載

道の駅東郷で休憩&隣のスーパーで買い出し

いつものように国道327号沿いにある「道の駅東郷」でトイレ休憩。
ここに立ち寄る際に、毎回購入していた「かんかん屋の焼き豚(チャーシュー)」(以前書いたブログ記事)を売店で、探すも見つからず残念無念。「かんかん屋」の他の製品はあるが、焼き豚は無かった。辞めちゃったのかな?残念。

道の駅と隣接しているスーパー「いっき東郷ショッピングセンター」でいつものように、昼ご飯と、夜食などを調達、車を進めた。

相変わらず雨は振り続いている。

「若山牧水の生家」歌碑の紅葉

道中、「若山牧水の生家」が国道327号沿いにあり、歌碑周りに色づいた紅葉発見、立ち寄った。

若山牧水の生家(日向市東郷町)
若山牧水の生家(日向市東郷町)


GoogleMap

「若山牧水生家」横にある歌碑
「若山牧水生家」横にある歌碑


をとめ子の かなしき心 持つ妻を 四人子の母と おもふかなしさ」牧水
うてばひびく いのちのしらべ しらべあひて 世にありがたき 二人なりしを」喜志子

「若山牧水生家」横にあるこの歌碑は平成22年(2010年)年2月、牧水没後80周年・喜志子没後40周年を記念して建てられたものです。
牧水の妻、喜志子は、女流歌人でもありました。

"ショチュクレ(のんべえ)"の私は・・牧水の歌では
「白玉(しらたま)の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」
が好きですね(^^:)

tougou_03.jpg

ここの駐車場で、車窓より雨の紅葉を眺めつつ昼食をとり、車を南郷区方面へと進めた。



宮崎のホテル・旅館など

宮崎県のホテル旅館民宿ペンション
 

史跡「延岡藩水清谷番所跡」の紅葉

道中、道沿いで、鮮やかな紅葉を発見、説明板みたいな物を見えたが通りすぎたのでUターン。
史跡「延岡藩水清谷番所跡」でした。

延岡藩水清谷番所跡の紅葉
延岡藩水清谷番所跡の紅葉(日向市東郷町)


今まで何度となくこの前の道を通っているが、こういった史跡があることに気付かなかった。

以下は、現地説明板より

延岡藩水清谷番所跡

南郷村は、江戸時代、延岡藩の領地にあった。
*元禄3年(1690年)山陰農民(現・東郷町)の逃散が起こり、現在の日向市、東郷町の入り部が天領(幕府直轄地)となった。
以来、ここ「ながされ」は、天領や、高鍋藩に近接していたので、通行上の要地として、通行人や搬出される物資の検問を行い、通行税に当たるものを徴収する番所が置かれた。
江戸時代の儒学者で、勤王思想家高山彦九郎は、寛政4年(1792年)九州を遊歴。2月18日この番所で当時の役人赤塚民八と細島(日向市)からの行商人らと鯛を肴に酒を酌み交わし、談笑したことが記されている。
また、歌人若山牧水の母マキは、最後の役人長田勘三郎の息女で、この地に育ち18歳で東郷町坪谷の若山家へ嫁いだ慶応2年(1866年)3月のことであった。 「南郷村史」より引用


牧水は、母の名「牧」と、家の周りの 渓や雨などの「水」の字を合わせて「牧水」と名乗るようになったという。

延岡藩水清谷番所跡の紅葉(日向市東郷町)
延岡藩水清谷番所跡の紅葉(日向市東郷町)


紅葉の美しさに魅かれ、ふらりと、立ち寄ったところ二ヵ所が実は「牧水」つながりであった。

*元禄3年(1690年)山陰農民(現・東郷町)の逃散は、「山陰・坪谷村一揆」(山陰一揆、山陰騒動とも呼ばれる)
詳しい内容は、以下を参照してください。
 山陰・坪谷村一揆(ウィキペディア)

そういえば・・道の駅東郷と隣接しているスーパーは、「いっき東郷ショッピングセンター」という名前でしたが、この「いっき」は「一揆」が由縁の一つなのかも知れませんね。

関連ブログ記事
 栂尾神楽見学道中記 Part2 百済 禎嘉王 伝説の残る「塚の原古墳」(美郷町南郷)
 栂尾(つがお)神楽(椎葉神楽)見学
 
 



 
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