日々ブログ MORIMORI @宮崎県

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霧島焼酎神社|霧島酒造工場(霧島ファクトリーガーデン)内鎮座

Posted morimori / 2021.02.26 Friday / 23:44


今回の『WE=MIYAZAKI〜6市町合同宿泊モニターツアー』、都城一泊旅行で中立ち寄ったところは・・
 前回書いた御池、都城島津邸の他に、関之尾滝、霧島ファクトリーガーデン、金御岳、お菓子の南香、あ麺ぼう(ラーメン)など。
都城市観光協会のモニターツアーなので、都城観光の代表地でもある「高千穂牧場」も見ておきたかったが時間の都合で今回は断念。
「たちばな天文台」に行きたかったが、夜の営業は休日前だけのようで断念、あらためて行く事にした。

コロナの影響もあり、今の時期、観光地は、どこも空いているのでゆっくり、じっくり見る事が出来る。
ただ、自然景観的には、緑も無く、花もこれからという感じで寂しい時期ですね。

今回は、ランチとベーカリーでのパン購入も兼ねて立ち寄った「霧島ファクトリーガーデン」内の霧島焼酎神社の写真などを紹介。

霧島焼酎神社(霧島ファクトリーガーデン内に鎮座)

事業所などでは、敷地内に神様の祠を建て祀ってあるところが多いですが、立派な「霧島焼酎神社」が鎮座しております。

霧島焼酎神社(霧島ファクトリーガーデン内)
霧島焼酎神社(霧島ファクトリーガーデン内)


御祭神:天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと
公式サイトによれば・・

大正時代、霧島酒造創業者である江夏吉助が "焼酎づくりに励み、生業ができることは霧島山系の自然の賜物" と感謝し、1933(昭和8)年に「霧島」の名称を商標登録しました。
その頃に、吉助は霧島神宮から分霊をうけ、霧島酒造創業の地である都城市下川東の本社内に祭壇を祀ったことが霧島焼酎神社の始まりです。
多くの人に知っていただきたいと、霧島神宮の承諾を得て、2014(平成25)年4月に霧島ファクトリーガーデン内に遷座しました。
御利益は、 「健康長寿」「商売繁盛」「縁結び」。
との事。


詳しいご由緒は以下を拡大してご覧ください。

霧島焼酎神社ご由緒(霧島ファクトリーガーデン内)
霧島焼酎神社ご由緒


天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊
ふりがなを付けた方が良いのではないでしょうか?
あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと です。

神話好きな方は瓊瓊杵尊の文字で「ニニギノミコト」である事はわかると思いますが、おそらく読めない方も多いのではないでしょうかね。
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そろそろ春神楽の時期なのですが・・昨年(令和二年)潮嶽神楽

Posted morimori / 2021.02.04 Thursday / 23:44


 宮崎市や日南市など平野部の神楽は、春(2月11日〜5月頃にかけ)お昼に奉納され、春神楽・作神楽・作祈祷神楽とも呼ばれます。

例年、2月11日(建国記念の日)、日南市北郷町鎮座、潮嶽うしおだけ神社の春大祭で奉納される「潮嶽神楽」が、春神楽のスタートとなるのですが・・
おそらく、今年の神楽奉納は無いものと思われます。

2月7日までで宮崎県独自の緊急事態宣言は解除されそうな動きですが、多くの方が集うような神楽は今後しばらくは、開催が難しいのだろうと思います。

今回掲載した写真は昨年の潮嶽神楽で撮影したものです。
いつもは一眼で撮ってますが、昼間なのでコンデジ(リコーGR)で撮りました。
ズーム機能なしのスナップカメラなので足がズーム(^^;)

昨年の見学レポートは、facebookpageの方に掲示しておりますので、下記も併せてご覧ください。

  facebookpage

令和二年 潮嶽神社(春大祭にて)
令和二年 潮嶽神社(春大祭にて)


令和二年 潮嶽神社(春大祭にて)
令和二年 潮嶽神社(春大祭にて)


令和二年 潮嶽神社(春大祭にて)
令和二年 潮嶽神社(春大祭にて)


令和二年 潮嶽神社(春大祭にて)献饌
令和二年 潮嶽神社(春大祭にて)献饌


令和二年 潮嶽神社 福種おろし
令和二年 潮嶽神社 福種おろし
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美郷町「師走まつり」今年は集客せず関係者だけで。迎え火・夜神楽等は無し。

Posted morimori / 2020.12.17 Thursday / 07:35


宮崎県 美郷町 師走祭り 迎え火 5
師走祭り 迎え火(一の鳥居)


美郷町南郷を中心に行われる「師走祭り」について、先月下旬 美郷町より 令和2年度の師走祭りは、 コロナ禍の影響を考慮して規模を縮小して執り行い、メインイベントの迎え火や夜神楽等は行わず、1月23日(土)・24日(日)二日間とする事が発表されておりましたが、16日、詳細が発表されたようで、宮崎日日新聞に掲載されておりましたので引用(転載)します。


美郷町「師走祭り」迎え火行わず
 美郷町南郷の百済王族亡命伝説に由来する「師走祭り」について美郷町は16日、メインイベントの迎え火を行わず、関係者のみの神事を中心に行うと発表した。

新型コロナウイルスの感染拡大を考慮して集客はせず、日程を1日短縮し、来年(2021年)1月23、24日(3月13,14日へ変更)に行う。
【 追記 】県独自の緊急事態宣言を受け、師走祭りの日程変更が決まったようなので、修正を加えました。)日程の変更で、当初予定通り、迎え火や神楽は行われません。

3月13日 午前8時半に木城町・比木神社から宮司らが出発。
 日向市金ケ浜でみそぎ、午後4時に美郷町南郷の神門神社に到着。
3月14日 午前10時半から同神社周辺で神事、午後2時から関係者のみ参加して顔に墨を塗るへグロ塗りを行う。

町は「コロナ禍を考慮し、集客する意図はない。伝統を絶やさないよう頑張りたい」としている。 
以上 12/16 宮崎日日新聞より引用
(修正 日程更新は 1/16)



師走祭り ミニ解説

 師走祭りは 西暦660年、朝鮮半島の百済が、唐と新羅(しらぎ)の連合軍に攻め滅ぼされ、663年百済再興の戦いにも破れ、多くの王族、部族は日本の畿内へと亡命した。その後、7世紀から8世紀中に日本に頻発した政治事件によって、現在の美郷町と木城町に百済の王族が亡命した、という伝説を基に構成された祭りです。

 百済の王族であった父親の禎嘉王(ていかおう)は現在の日向市の金ヶ浜(かねがはま)に漂着、その後、美郷町南郷区神門へ、息子の福智王(ふくちおう)は現在の高鍋町の蚊口浦(かぐちうら)に漂着、その後、木城町に住み、亡くなったのち、それぞれが神として美郷町の神門神社に、木城町の比木神社に祀られました。

師走祭りは木城町の比木神社に祭られている王子・福智王のご神体が、父・禎嘉(ていか)王を祭る美郷町の神門神社まで年に一度巡行面会に来るというもの。

この祭りがいつの時代から始められたのか、詳しいことはわかっていないようですが、江戸後期の『筑紫日記』や『高千穂採薬記』には記載されており、すでにそのころには行われていたようです。

神門神社には、王族の遺品とされる古い鏡24面があり、その中には奈良の正倉院の御物と同一のもの、東大寺の大仏台座下出土鏡と同形のものなどがある。

まつりのメインイベントは「迎え火」

比木神社の氏子18名がご神体を担いで木城町の比木神社を出発、日向市金ヶ浜で禊の後、東郷町中水流の伊佐賀神社で出迎えの神門神社の一行と合流、祭典の後、徒歩で百済の里(美郷町南郷区)に入る。
父禎嘉王の墓と伝えられる塚の原古墳にて名木(なぎ)の氏子に迎えられ、祭典の後、和やかな交歓の場、直会(なおらい)が催されます。

宮崎県 美郷町 師走祭り 迎え火 1
師走まつり 迎え火


田の中に設けられた二十数基のやぐらやたき物に点火され、迎え火が燃え上がる中、神幸は父の待つ神門へと続く。

宮崎県 美郷町 師走祭り 迎え火 2
師走まつり 迎え火


宮崎県 美郷町 師走祭り 迎え火 3
師走祭り 迎え火


宮崎県 美郷町 師走祭り 迎え火 4
師走祭り 迎え火


この火の饗宴は、故事によれば王を護った火と煙の再現であると言われています。
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