日々ブログ MORIMORI @宮崎県

継続は力、写真など交え更新 By MORIMORI

栂尾神楽(つがおかぐら)(国指定 椎葉神楽)見学

Posted morimori / 2019.11.26 Tuesday / 23:50


栂尾つがお神楽(椎葉神楽)は、毎年11月22日〜23日にかけて、椎葉村大河内鎮座 栂尾神社において奉納されています。
栂尾神楽は約400年の歴史があり、椎葉神楽の中でも最も古いとされているとのこと。

余談・・先日見学した巨田神楽(宮崎市)も約400年の歴史・・この頃、里神楽は宮崎県全域に広がったのかも知れませんね・・。
高千穂の神楽は文献では800年とも言われておりますが、里神楽が行われるようになったのは、江戸時代後期からのようです。

栂尾神楽の奉納は午後6時頃から翌日9時頃までで、神迎えだけ、拝殿から5分程登ったところにある栂尾神社本殿社殿で行い、他の神楽はすべて拝殿で奉納されております。

当日は、朝から雨、3時前に到着しましたが、やはり雨・・
雨の恩恵でしょう、栂尾神社神社境内の眼下には、神々の出現を後押しするかの如く、神々しい光景が広がっておりました。


眼下に広がる神々しい景色 栂尾(つがお)神楽にて
眼下に広がる神々しい景色 栂尾(つがお)神楽にて


霧(雲?)の中 栂尾(つがお)神楽にて
霧(雲?)の中 栂尾(つがお)神楽にて


神楽の奉納される栂尾神社拝殿へ
駐車場から拝殿までは、数十メートル歩いてすぐ。
今回、「中山間盛り上げ隊」の一員としてボランティア参加しているT氏が居たので、お疲れさまですとご挨拶。
県内各地の神楽でお会いしている、カメラマンKさんを見つけご挨拶。既にセッティング済み、かなり早い時間にいらしたらしい。しかも明日は別の県北の神楽に行かれるらしい、お元気だ。
正面タープテント下の観客の方の視界の妨げにならないよう、氏の後ろで撮らせて頂く事にした。

左右には、大きな三脚も、国(文化庁?)から依頼の映像撮影クルーのようです。
この映像撮影が入っていたからだと思いますが、当日はフラッシュ禁止でした。
夜神楽でのフラッシュの閃光は、舞う方にも、見る方にも迷惑だし、もともとフラッシュは使わない主義なので、今回は他の方のフラッシュの影響を受けない分、私にとっては好都合でした。

神楽まではまだ時間があるので・・と、お誘いを受けたので、テントの下で、炭火を囲み、地元の方や、神楽にいらした常連さんと歓談&焼酎、ダイコンとあげの煮物を頂く。
煮物(おでん?)には唐辛子(地元の方は胡椒と言っていた)が入っており、ピリ辛で病みつきになりそうな旨さ。
神楽見学は、こういった地元の方とのふれあいも魅力の一つですね。

神楽を待つ風景 栂尾(つがお)神楽にて
神楽を待つ風景 栂尾(つがお)神楽にて


神楽が始まる頃には、それまで降っていた雨もあがりました。

神楽の見学場所

神楽の見学場所は、拝殿の前のテントの下、および、左側の座敷です。
舞庭周囲の畳には、祝子の方が座に着いたりするので、左側の座敷は神楽が見え辛い時もあるかも知れません。
白いタープテントの前のブルーシート下は、「つがもり」などの際、使用するスペースです。

栂尾神社拝殿 栂尾(つがお)神楽にて
栂尾神社拝殿

見学場所
見学場所(令和元年の場合)


 
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栂尾神楽見学道中記 Part2 百済 禎嘉王 伝説の残る「塚の原古墳」(美郷町南郷)

Posted morimori / 2019.11.25 Monday / 23:24


栂尾神楽見学道中記 Part1の続きです。

日向市東郷町から美郷町南郷区へ入り、途中、国道沿いにある、百済 禎嘉王を葬る「塚の原古墳」に立ち寄った。

百済 禎嘉王を葬る「塚の原古墳」

七世紀、滅亡した朝鮮半島の百済の王族は、仲のよかった日本の奈良方面に逃げ、その後の動乱から更に北九州方面を目指す途中、瀬戸内海でシケにあった。
父の「禎嘉王」とその一行は日向市の「金ケ浜」に、そして子の「福智王」とその一行は高鍋町の「蚊口浦」に別れ別れに流れ着きました。
父の「禎嘉王」は山中の神門みかど(美郷町南郷)に、子の「福智王」は比木(木城町)にそれぞれ住むことになった。
平和な日々が続いておりましたが、やがて、王族らは居場所を知られてしまい、新羅の追討軍との戦いで王の次子・「華智王」そして「禎嘉王」も崩御されました。

禎嘉王は、ここ「塚の原」に葬られました。
それが、「塚の原古墳」とのことです。

百済 禎嘉王を葬る「塚の原古墳」にて
左より、福智王(ふくちおう)、禎嘉王(ていかおう)、華智王(かちおう)


この像は、宮崎県商工会議所連合会が、神話・伝説による地域づくりのモデルとして、主にひむか神話街道沿いのゆかりの地に、日向神話にまつわる神々や、その土地にまつわる方の像の設置を行なったものです。(ちなみにブロンズっぽく見えますがFRP製だったと思います。)
 
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栂尾神楽見学道中記 Part1 紅葉「若山牧水生家」「延岡藩水清谷番所跡」

Posted morimori / 2019.11.24 Sunday / 23:49


秋の収穫への感謝や来年の豊作祈願をこめて集落の氏神様に奉納する「夜神楽」が、高千穂町、椎葉村などで始まりました。

当方は、先日、椎葉村大河内鎮座、栂尾つがお神社で奉納された「栂尾神楽」(国指定重要民俗文化財 椎葉神楽)を見学してきました。

このブログにて、栂尾神楽見学道中記 Part1・Part2、そして栂尾神楽見学記(Part1〜*)を記します。
その後、WebPageを作成したいと思います。

夜神楽の季節到来、11月12月は、宮崎県内各地で夜神楽が奉納、重なってしまうので、どこに行くか悩みます。

11月22日は、椎葉村大河内鎮座、栂尾つがお神社で奉納される「栂尾神楽」へ向かった。

栂尾地区は美郷町と隣接

栂尾地区は、椎葉村の南東部、椎葉村中心部から国道を40Km程走った、美郷町との境に位置します。
宮崎市方面からだと、西都市経由山越えなどルートはいくつかありますが、一番走りやすい、走り慣れた日向市側からのルートで向かう事にした。

当日は朝から雨につき紅葉撮影は諦め、のんびり出発

日向市方面から栂尾へ向かうと、紅葉の綺麗な「鬼神野渓谷」あたりを通るので、丁度紅葉も見られる、撮りたいと、期待しておりましたが、当日は朝からあいにくの雨、紅葉撮影はあきらめ、宮崎市をのんびり10時頃に出発した。

「尾鈴サンロード」経由で向かう

急ぎの時は、東九州道を利用するのですが、今日は神楽に間に合えば良いので、のんびり国道220号〜国道10号で向かった。
木城町の木城温泉ゆららのところから、県道40号を使い、いつものように日向灘沿岸北部広域農道(通称 尾鈴サンロード)を使い、日向市美々津まで行き、耳川を渡ったところから、県道51号(中野原美々津線)で耳川沿いに東郷町山陰へと向う。
木城温泉からのこのルートは、車も信号も少なく、椎葉、諸塚方面へ向かう際、帰る際に良く利用するコースです。

 GoogleMapに木城温泉〜栂尾神社間のルートを記載

道の駅東郷で休憩&隣のスーパーで買い出し

いつものように国道327号沿いにある「道の駅東郷」でトイレ休憩。
ここに立ち寄る際に、毎回購入していた「かんかん屋の焼き豚(チャーシュー)」(以前書いたブログ記事)を売店で、探すも見つからず残念無念。「かんかん屋」の他の製品はあるが、焼き豚は無かった。辞めちゃったのかな?残念。

道の駅と隣接しているスーパー「いっき東郷ショッピングセンター」でいつものように、昼ご飯と、夜食などを調達、車を進めた。

相変わらず雨は振り続いている。

「若山牧水の生家」歌碑の紅葉

道中、「若山牧水の生家」が国道327号沿いにあり、歌碑周りに色づいた紅葉発見、立ち寄った。

若山牧水の生家(日向市東郷町)
若山牧水の生家(日向市東郷町)


GoogleMap

「若山牧水生家」横にある歌碑
「若山牧水生家」横にある歌碑


をとめ子の かなしき心 持つ妻を 四人子の母と おもふかなしさ」牧水
うてばひびく いのちのしらべ しらべあひて 世にありがたき 二人なりしを」喜志子

「若山牧水生家」横にあるこの歌碑は平成22年(2010年)年2月、牧水没後80周年・喜志子没後40周年を記念して建てられたものです。
牧水の妻、喜志子は、女流歌人でもありました。

"ショチュクレ(のんべえ)"の私は・・牧水の歌では
「白玉(しらたま)の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」
が好きですね(^^:)

tougou_03.jpg

ここの駐車場で、車窓より雨の紅葉を眺めつつ昼食をとり、車を南郷区方面へと進めた。
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