日々ブログ MORIMORI @宮崎県

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ツバメの渡り 沖縄・東南アジア方面へ南下中? それとも宮崎に?

Posted morimori / 2024.11.20 Wednesday / 23:52


今日(11/20)、スーパーの建物の壁に多くのツバメの群れがいた。

見た感じ、30羽ほどはいた。

ツバメは、春に日本へ来て、子育てをして、秋にから冬にかけ餌となる、虫がいなくなるこの時期、南(沖縄や東南アジア方面)へ渡るらしい・・。

冬でも比較的暖かい、温暖な宮崎県の場合、南へ渡らず宮崎で越冬するツバメも確認されているとか・・

NHK宮崎WEB特集「宮崎にはなぜ冬に"つばめ"がいるの?」(2023年1月31日)
によると、
もっと北の方の日本国内のどこかで、繁殖したつばめが、秋にになって、南の方に出て下ってはきてたけども、まあ宮崎は暖かいし、しかもえさががありそうだし、宮崎で越冬してもいいかなあと。これはツバメに聞かないとわかりませんけども、そんな感じで宮崎に残って、越冬してるんじゃないか、というふうに思います。

宮崎とか南九州とかは畜産が盛んなので、ほかのところよりは多いのかもしれないです。牛の糞とかで虫が発生して、そういったところの虫をとって食べるので、すごく効率がよい。

とのこと、宮崎に滞留するのかも?

ツバメの渡り? 宮崎市にて
ツバメの渡り? 宮崎市にて

あいにく 今日は、普段持ち歩いているコンデジ(リコーGR)28mm(35mm換算)しか持参しておりませんでしたので、上の写真は拡大トリミングしたもの。
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山之口 弥五郎どん 明治初めの神仏混淆〜昭和58年にかけ、白い面を使っていた

Posted morimori / 2024.11.17 Sunday / 08:49


山之口 弥五郎どん祭り
山之口 弥五郎どん祭り

今朝(2024年11月17日)の➡ 宮崎日日新聞「くろしお」欄は、都城市山之口に伝わる「弥五郎どん祭り」についての話題でした・・
(弥五郎どん祭りは毎年、11月3日(文化の日)に行われています。)
同紙より引用
 南九州に伝わる「弥五郎どん祭り」は不思議だ。古代に朝廷と戦い命を落とした隼人を慰霊する放生会(ほうじょうえ)が発祥とされるが、主人公の正体は不詳。祭り当日訪れた都城市山之口町でも弥五郎は謎多き人だった。・・・
 **中略**
・・・主人公のはずの弥五郎は先導役。神仏混淆の信仰の中で、隼人が従神に変容したのだろうか 同町の弥五郎は約100年間�猜命諭蹐砲覆辰寝椎柔�も。
江戸時代に使われた赤色の鬼面が、明治時代初期から白色の翁面に一新された。尊皇思想にのっとり、朝廷と敵対した隼人とは別の人物像を創出したとの見方がある。1983(昭和58)年、保存会が古文献を参考にしてかつての赤色に戻した言い伝えが事実ならば、弥五郎は地方社会が中央組織に組み込まれていった歴史の象徴。その意味で祭りは悲哀を帯びている。一方、姿を変えながらも引き賂がれてきたことを考えれば子孫たちが隼人に抱く思慕の念を伝える、愛の祭礼ともいえるだろう。



弥五郎どん(やごろうどん)は隼人族の首長

巨人信仰や放生会と相まって「弥五郎どん祭り」となり、大隅、日向地方の巨人伝説信仰として後世に生き続けている。

昔、九州が西海道といわれた時代、南九州は日向と呼ばれていました。
昔からここに住んでいた人々が隼人(はやと)族です。

 奈良時代のはじめ(約1300年前頃)、大和朝廷は、「養老律令」という法律をつくって支配の強化をはかり、全国の地方の政治をより細かく行っていこうと考えて、日向の国に薩摩と大隈の国を分置したのです。

 それまで首長を中心に強固な共同体を組織していた隼人にとっては、一人一人が完全に帳簿に登記され、中央から派遣された官僚によって支配される事は大変な屈辱であり、一族としての今までの様な土地の所有権、又は生活ができなると思い、反抗したのです。

 養老4年(720年)、大隈、日向の隼人らは中央から派遣された初代大隈国守の殺害して叛乱を起しました。(隼人の乱と呼ばれている。)
隼人軍は苦戦の連続で、圧倒的な兵力を持つ政府軍の前に力尽き、隼人の城は次々に落ちて大変いたましいものとなりました。

資料
画像:弥五郎どんの館 展示物より
720年の隼人の乱の時、隼人族の最後の拠点となったとされる
鹿児島県国分市(推定)の比売(ひめ)城。

隼人の首領、弥五郎をはじめ犠牲なった1,400余名の隼人族の怨霊をおそれた大和朝廷は、全国で放生会(ほうじょうえ)を行わせました。
放生会で隼人俗の首領「弥五郎どん」の大きな人形とつくり、その霊を慰めるようになったのです。
(関連ページ 奮戦した隼人が祀られる➡ 隼人塚)
神仏習合の八幡の名残りが現在の南九州の八幡神社で行われている「弥五郎どん祭り」なのです。

➡ 弥五郎どん祭りのWebPageもご覧ください。

山之口 弥五郎どん祭り
平成15年(2003年)~使用中の弥五郎どんの面
彫刻:高千穂町工藤面師



平成元年(1989)に「日向の弥五郎人形行事」として国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」指定を受け 宮崎県無形民俗文化財に指定されたのは、1990年(平成2年)のことでした。
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宮崎県平野部 冷え込み無く、今年の紅葉のピークは無いかも?

Posted morimori / 2024.11.16 Saturday / 08:05


この時期、紅葉を見に出かけた方の情報を収集すべく、SNS・ブログ記事等を検索しているのですが、殆んど話題が無い・・。

今年は紅葉話題自体、殆んど無い、あっても鮮やかな紅葉とは程遠い茶色っぽい色だったり・・・
どうやら気候が影響しているようです。

※今回掲載した写真は過去に撮影した写真です。

都城市山之口町 青井岳自然公園の紅葉(1)
都城市 山之口町 青井岳自然公園の紅葉 撮影日(2005.11.25)


都城市山之口町 青井岳自然公園の紅葉(2)
都城市 山之口町 青井岳自然公園の紅葉 撮影日(2008.12.01)


11/15付 宮崎日日新聞『県内紅葉色づき遅れ 暖かさや雨影響か』

同紙より引用
えびのエコミュージアムセンターによると、えびの高原では六観音御池などで葉が焦げたように茶や黒に変色したり、緑色のまま落葉したりした。コロナ禍から続く登山ブームで多くの登山客が訪れる中、紅葉は見頃のピークを迎えることなく終わった。
とのこと。

専門家によると、10月に最低気温が下がりきらず雨も多かったことなどが要因とみられるようです。
寒暖差が無いのが一番の要因でしょうね。

MRTニュース(11/13)五ケ瀬町では見ごろも・・・宮崎県内の紅葉に"異変" 「見ごろを迎えることなく紅葉が終わってしまった」

同じようなことを報じておりました。
『五ケ瀬町では見ごろも・・・宮崎県内の紅葉に"異変" 「見ごろを迎えることなく紅葉が終わってしまった」』
ニュース映像を見ても、五ヶ瀬あたりでも全体的にくすんだ感じの色に見えます。

➡ 白滝の紅葉情報(五ヶ瀬町サイト)

➡ 五ヶ瀬町 白滝の紅葉(以前作成した当サイト内WebPage)

記事にもあるように、「➡ えびの高原の六観音御池の紅葉」(過去の撮影)も、数年前に比べるといま一つだったようです。

例年だと11月中旬頃、素晴らしい紅葉が見られる、霧島の「➡ 大浪池」(過去の撮影)も今年は、期待薄かも知れません。

霧島方面の紅葉の状況は、霧島市HPの➡ 霧島市内の紅葉情報が参考になると思います。

「長田峡」と「山之口自然公園」の紅葉はどうでしょうね?

宮崎市から割と近く、紅葉を見学出来るの場所として、
「長田峡の紅葉」
「山之口町の青井岳自然公園」があります。
どちらも近くを川が流れている紅葉に適した場所です。
この辺りも例年だと、11月中旬頃には紅葉が始まっている時期なのですが、先日、青井岳に行かれた方も、今年はまだまだ紅葉していなかったようです。
三股町の長田峡も、ライトアップされているのですが、以下を見る限り、まだ青いようです。
➡ 三股町サイト紅葉情報

今日も雨で気温が高い。このまま気温が下がらず、葉は茶色になって紅葉せずに落葉、終えるといった事にならなければ良いのですが・・
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日本のひなた宮崎県
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