日々ブログ MORIMORI @宮崎県

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高千穂の雲海(国見ヶ丘)が気になる季節

Posted morimori / 2016.10.23 Sunday / 23:23


高千穂の雲海 (国見ヶ丘) 6
〜 高千穂の雲海(国見ヶ丘より) 〜


朝が冷え込む様になると、「高千穂の雲海」が気になりだします(^^)

メジャーな見学スポットは「国見ヶ丘」

高千穂の雲海のメジャーな見学ポイントは「国見ヶ丘」
見学ポイントのすぐ近くに駐車場・トイレ等も整備され、観光にも大変恵まれた環境、雲海シーズンの日曜の朝などは、ホテル・旅館からの送迎バスも多く、大変にぎわいます。
➡ 国見ヶ丘

滅多に見られない雲海

高千穂の雲海は、秋(9月中旬〜11月下旬)の早朝(日の出後1時間くらいまでが見頃)です。
と言っても・・本格的な雲海は滅多に見られないですが・・。

2013年 高千穂の雲海の出現実態(期待度?調査)結果

以下は、当方が、2013年に高千穂町国見ケ丘に設置されたネットワークカメラで、雲海の出現実態調査を行った結果です。

調査の結果、2013年シーズン調査期間、10月・11月 二ヶ月間に7日間 雲海を確認。その内、上に掲載したような、全面を覆いつくすような厚い雲海、いわゆる「本格的な雲海」が見られたのは1回だけでした。  
高千穂の雲海出現調査結果
〜 2013年高千穂の雲海 5段階評価表 By MORIMORI 〜


高千穂の雲海が出現する条件など

雲海の出来る条件と目安としては、晴天続きだが、前日に少し雨などで湿気があり、昼と夜の気温差の大きい(温度差15℃以上、適度に冷え込んだ晴天、無風の朝がベスト。

夜明け前、国見ヶ丘のネットワークカメラで高千穂盆地を見たとき、晴れているのに町の明かりが見えない場合、雲の中にかすんで、うっすらぼんやり見える位だと期待大です。

以下の映像位、街の明かりが見えるようだと、あまり期待できません。

unkaicam.jpg

本格的な雲海の際は、夜明け前、国見ヶ丘に登る坂が、途中より霧(雲)でほとんど前が見えなくなるような状態になります。
 
 
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宮��神宮 徴古館(ちょうこかん)

Posted morimori / 2016.10.13 Thursday / 23:57


宮��神宮参拝

朝の宮��神宮

宮��神宮 拝殿

宮��神宮 神門〜参道

宮��神宮徴古館


以前から気になっていた、参道から写真館の後ろに見える「徴古館」

宮��神宮 徴古館(ちょうこかん)

〔現地説明書きより引用〕
宮��神宮徴古館(国・登録有形文化財)
宮��神宮の宝物や書籍を陳列・保存する為、明治42年に建築された木造2階建ての建物です。
外壁全体を覆う「なまこ壁」は、独特の光景を生んでおり、慶應義塾大学の三田キャンパスにある三田演説館(国の重要文化財)非常に似た造りである。
現在陳列物は宮崎県総合博物館へ移しております。


〔文化遺産オンラインより引用〕
宮崎県
明治/1909
木造2階建、瓦葺、建築面積205��
1棟
宮崎県宮崎市神宮2-485-1他
登録年月日:20100115
登録有形文化財(建造物)
神門の東南、木立の中に所在する。桁行18m梁間11mの木造2階建。寄棟造妻入桟瓦葺で、西正面に切妻屋根を付け、玄関とする。外壁は全体を海鼠壁とし、隅と階境に柱型などを造り出し、鉄格子を嵌める上げ下げ窓を等間隔に配する。独特の意匠になる展示館。


宮��神宮徴古館は、雰囲気のある建物でした。
写真をいくつか紹介します。
いずれも1920pix幅に拡大します。
 
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行縢神社の狛犬は、左から阿行・吽行

Posted morimori / 2016.10.11 Tuesday / 23:51


先日、参拝した延岡市行縢町鎮座「行縢(むかばき)神社」、この神社の狛犬が非常に印象的でした。

行縢神社の狛犬 阿形 左
〜 行縢神社の狛犬 阿形 左 〜


行縢神社の狛犬 吽形 右
〜 行縢神社の狛犬 吽形 右 〜


台座には、奉納・明治31年12月・明治33年1月と彫られておりました。
よく見る狛犬とは程遠く、お猿さんのような様相、海老茶っぽい色合を見たとき、どことなく唐の国の雰囲気を感じ、焼き物?と思いましたが、石て、着色してあるようでした。

元来狛犬は、獅子と狛犬であり、向かって右側に獅子像「阿形(あぎょう)」(口を開いている)、左側に狛犬像「吽形(うんぎょう)」(口を閉じている)の配置が多いようです。

お寺の仁王像も同様です。
mj.jpg


行縢神社の狛犬は新しいもの含め、右が「吽形(うんぎょう)」左が「阿形(あぎょう)」の配置と逆のようです。

「図解 ふしぎで以外な新道(学研パブリッシング)」によると、(以下引用)
狛犬が、日本に流入したのは、平安末期で、遣唐使が持ち帰ったのが最初だという。
一説にはこのとき、本来は別物であった狛犬 (頭上に一角を持つ) と唐獅子が、一対の動物であると誤認されたのだという。いずれも中国において生まれた想像上の動物だ。

狛犬は当初、天皇を守護する霊獣であった。そのため、宮中の清涼殿の御帳前や、天皇と皇后の惟帳(幕) の裾を押さえる鎮子(重し) として小型の狛犬と唐獅子が置かれていた。
 このときは、口を開いた阿形の獅子像が左側に、口を閉じた畔形をした狛犬が右側に置かれた。このパターンは、現在とられている一般的な配置とは逆である。(引用終わり)


特に決まりごとみたいなものは無いようですが、県内では左側が「阿形(あぎょう)」という配置は珍しいのかも知れませんね。
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