令和8年(2026年)師走祭り 1月16日(金) - 1月18日(日)開催 (宮崎県美郷町)
Posted morimori / 2025.12.29 Monday / 07:14
宮崎県美郷町南郷区で師走祭りが開催されます。
「師走祭り」と言っても、旧暦の師走に開催されるので、現在の新暦では、年明けの1月に開催ます。
令和8年(2026年)の師走まつりは、1月16日(金) - 1月18日(日)に開催される予定です。
師走まつりの見どころ(※時間は目安です。)
一日目(金)
18:00頃 迎え火
二日目(土)
19:00頃 - 24:00頃 夜神楽(高鍋神楽)18番
三日目(日)
10:30頃 お別れ式 11:00頃 境内でのヘグロ塗り
11:30頃 一本鳥居でのお別れ「オサラバー」
一日目の「迎え火」は、平日にも関わらず写真家も多く訪れ、混みます。
迎え火は何度も見学しておりますので、前回は、二日目、三日目にだけ的を絞り、見学しました。二日目の夜神楽は神門神社の高鍋神楽で、洗練された舞い~笑いありと、夜中に終わるのが名残惜しい位でしたし、三日目のお別れ式〜オサラバーは、涙が出る程のに感動しました。
「師走祭り」は 百済王族の父と子が年に一度再会するというロマン溢れる心温まる祭りで3日間、各日、オススメします。
師走祭り
西暦660年、百済王の亡命 親子の一年に一度の再開を想う歴史ある祭り
師走祭りは 西暦660年、朝鮮半島の百済が、唐と新羅の連合軍に攻め滅ぼされ、663年百済再興の戦い(白村江の戦い)を最期に、多くの王族、部族は日本の畿内へと亡命。その後、7世紀から8世紀中に日本に頻発した政治事件によって、現在の美郷町と木城町に百済の王族が亡命した、という伝説を基に構成された祭りです。
百済の王族であった父親の禎嘉王は現在の日向市の金ヶ浜に漂着、その後、美郷町南郷区神門へ、息子の福智王は現在の高鍋町の蚊口浦に漂着、その後、木城町に住み、亡くなったのち、それぞれが神として美郷町の神門神社に、木城町の比木神社に祀られました。

福智王・禎嘉王・華智王(二男)
禎嘉王の墓と伝わる「塚の原古墳」にて
禎嘉王の墓と伝わる「塚の原古墳」にて
師走祭りは木城町の比木神社に祭られている王子・福智王のご神体が、父・禎嘉王を祭る美郷町の神門神社まで年に一度巡行面会に来るというものです。
師走祭りがいつの時代から始められたのか、詳しいことはわかっていないようですが、江戸後期の書物によると、起源は室町時代か、それ以前のようで、昭和23年(1947)頃までは、片道90キロの道程、9泊10日を巡幸しておりました。

その後一部の行程を省略、多くの行程は車も使い移動、期間も旧暦12月14日から16日の2泊3日に短縮。現在1月下旬の金、土、日の3日間に行われています。
記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財
美郷町南郷区の神門神社と木城町比木神社のニ社合同、行政区をまたがって神幸する祭りは他に例をみないの祭りであり、民俗的にも価値のある祭りであるということで、平成3年(1991)、文化庁はこの祭りを「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択しております。
師走祭り1日目 「迎え火」
WebPageを作成しておりますので、詳しいことは➡ 師走祭りWebPageををご覧ください。


