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栂尾神楽見学道中記 Part2 百済 禎嘉王 伝説の残る「塚の原古墳」(美郷町南郷)

Posted morimori / 2019.11.25 Monday / 23:24


栂尾神楽見学道中記 Part1の続きです。

日向市東郷町から美郷町南郷区へ入り、途中、国道沿いにある、百済 禎嘉王を葬る「塚の原古墳」に立ち寄った。

百済 禎嘉王を葬る「塚の原古墳」

七世紀、滅亡した朝鮮半島の百済の王族は、仲のよかった日本の奈良方面に逃げ、その後の動乱から更に北九州方面を目指す途中、瀬戸内海でシケにあった。
父の「禎嘉王」とその一行は日向市の「金ケ浜」に、そして子の「福智王」とその一行は高鍋町の「蚊口浦」に別れ別れに流れ着きました。
父の「禎嘉王」は山中の神門みかど(美郷町南郷)に、子の「福智王」は比木(木城町)にそれぞれ住むことになった。
平和な日々が続いておりましたが、やがて、王族らは居場所を知られてしまい、新羅の追討軍との戦いで王の次子・「華智王」そして「禎嘉王」も崩御されました。

禎嘉王は、ここ「塚の原」に葬られました。
それが、「塚の原古墳」とのことです。

百済 禎嘉王を葬る「塚の原古墳」にて
左より、福智王(ふくちおう)、禎嘉王(ていかおう)、華智王(かちおう)


この像は、宮崎県商工会議所連合会が、神話・伝説による地域づくりのモデルとして、主にひむか神話街道沿いのゆかりの地に、日向神話にまつわる神々や、その土地にまつわる方の像の設置を行なったものです。(ちなみにブロンズっぽく見えますがFRP製だったと思います。)
 
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