日々ブログ MORIMORI @宮崎県

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田元神社 夏越の祓(夏越大祓)七夕飾り 風鈴回廊

Posted morimori / 2024.07.01 Monday / 23:11


田元神社(たもとじんじゃ)

鎮座地:宮崎市大字本郷南方3940-1(GoogleMap
(宮崎ブーゲンビリア空港の近く、県道367号沿い)
御祭神
  • 木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
  • 彦火々出見命(ひこほほでみのみこと)
  • 豊玉姫命(とよたまひめのみこと)
  • 豊玉彦命(とよたまひこのみこと)

御由緒
明治12年(1879)3月16日、田元神社の氏子総代大坪儀三郎と同神社受持祠掌甲斐蔀は、寛治4年(1090)11月15日、恒久神社が児湯郡の都萬(つま)神社(西都市)祭神木花咲耶姫命を勧請したとき、本郷南方の高畑がその神輿掛の所となったことから、高畑の隣り田元に都萬神社祭神を勧請したと伝える、と鹿児島県令に報告している。

詳細は、村境に建立された田元神社 / 前田博仁を参照願います。

夏越の祓(夏越大祓)


宮崎市鎮座 田元神社
宮崎市鎮座 田元神社


「夏越の祓(夏越大祓)」とは、6月末(6月30日)に行う祓の行事で、神社境内につくられた茅(ちがや)という草で編んだ輪「茅の輪」をくぐって罪や穢れを落とします。
丁度、一年の折り返しに前半の穢れを祓って無事に過ごせたことに感謝、後半も元気に過ごせるよう祈る行事です。

七夕と木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)


宮崎空港展示物 (宮崎の祭り) より「コノハナサクヤヒメ」
宮崎空港展示物 (宮崎の祭り) より「コノハナサクヤヒメ」

日本の七夕は、中国より7世紀頃に伝わった牽牛・織女の二つの星の伝説、短冊に歌や文字を書いて裁縫や書道の上達を願う風習と共に、日本古来の棚織女(たなばたつめ)の伝承と結びつき、宮中で行われたのが始まりだそうです。
棚織女(たなばたつめ)とは、神様に捧げる着物を織る、巫女的な要素を強く持つ女性。
木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)も棚織女(たなばたつめ)でもあったとされ、「七夕」にはコノハナサクヤヒメとニニギノミコトと逢初川で出会うという神話もさらに重なっているのでしょう。
そんな由縁ででしょうか、田元神社では境内で多くの七夕飾りを見ることが出来ます。
七夕飾りの短冊は例年、地元幼稚園保育園の園児たちが書いているようです。

宮崎市鎮座 田元神社 七夕飾り
田元神社 七夕飾り


宮崎市鎮座 田元神社 七夕飾り
田元神社 七夕飾り

七夕飾りは、早いところでは6月から飾り始めることもありますが、
本来は7月6日の夕方から夜に飾り、翌日には片付けるのが一般的のようです。
これは 「一夜飾り」 と呼ばれ、短冊に込めた願いが天に届きやすくなるといわれていますが・・
それでは、目に触れることも少ないので・・
早めに飾って、七夕を終えたら片づけるといった風習なのでしょうね。

茅の輪は、6月30日なのですが、7月初旬頃までは飾ってある神社が一般的のようです。

ちなみに、田元神社の前の道路、県道367号(中村木崎線)は車で良く通るのですが、7月12日車窓から見たところ、「茅の輪」と「七夕飾り」は、片付けてあったようです。
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美郷町 御田祭(おんださい)が2024年7月7日(日)に開催(6日に花火・前夜祭)

Posted morimori / 2024.06.18 Tuesday / 07:27


農村風景が今も残る、豊かな自然と共生する美郷町西郷区田代では、平安時代からの伝統民俗行事 御田(おんだ)祭が毎年7月第一週催行されている。
 
宮崎県美郷町西郷区田代 御田祭 牛馬入れ
宮崎県美郷町西郷区田代 御田祭 牛馬入れ


御田祭 総勢120名の早乙女による田植え(美郷町)
"御田祭 総勢120名の早乙女による田植え


2024年(令和6年)美郷町「御田祭ポスター」

以下は、今年のスケジュールなど書かれたポスター・チラシです。
前夜祭(花火大会)含め、昨年とおおきな違いはなさそうです。

令和6年(2024年)美郷町御田祭ポスター
令和6年(2024年)美郷町「御田祭ポスター」


美郷町サイトの「早乙女公募ページ」に記載されておりましたが、2024年度は「田植え」の作付け面積が半分になるようです。
また、雷注意報が発令された場合は、田植えを中止にする可能性があるとのこと。
今年、宮崎市内で高校生がサッカーの練習中、落雷事故がありましたので、この辺りは妥当なのだろうと思います。

2024年(令和6年)7月6日(土),7日(日)「御田祭おんださい」が開催

美郷町西郷区田代に伝われる「御田祭おんださい」(県指定無形民俗文化財)は、今年も、7月6日の花火・前夜祭等の協賛行事も含め、通常通り開催されます。

御田祭について、詳しくはWebPageをご覧ください。
  御田祭(宮崎県美郷町西郷区田代)

  美郷町の天気予報


御田祭 御神行(美郷町)
御田祭 御神行

日程:2023年7月1日(土),2日(日)2日間
場所:御田祭の里ふれあい広場など中心に開催

2024年7月6日(土)

第30回 日向田植唄全国大会

第31回 日向田植唄全国大会
時間: 9:00 - 17:00
場所: 西郷農村環境改善センター

ふるさとうまいもん広場
時間: 15:00 - 21:00
場所: すぱーく西郷

ステージイベント
時間: 17:00 - 20:00
場所: すぱーく西郷

ものまねショー
マーチンRYO・SHINOBU
マジックショー
荒木巴

御田祭の里花火大会
時間: 20:15 - 21:00
場所: 葉桜ふれあい公園
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宮崎の神楽を描き続けた画家 弥勒祐徳(みろくすけのり)さん 死去

Posted morimori / 2024.05.18 Saturday / 06:32


宮崎県内各地に伝わる神楽や自然を描いてきた西都市の画家、弥勒祐徳(みろくすけのり)さんが、老衰のため、5月16日、お亡くなりになりました。105歳でした。

ご冥福をお祈り申しげます。

西都原古墳群にて

弥勒祐徳(みろくすけのり)氏 西都原古墳群にて
弥勒祐徳(みろくすけのり)氏 西都原古墳群にて (2007年4月5日撮影)


おそらくこの時描いていた絵は以下の「西都原の桜」2007 4.7 かも知れない。

西都原の桜」「絵が動く」 / 弥勒祐徳 2012年08月発売 石風社 より

著書「絵が動く」 / 弥勒祐徳 2012年08月発売 石風社 より


絵が動く / 弥勒祐徳


なぜ桜に惹かれるのか

 どうしてこうも桜に惹かれるのかと思うことがある。

 桜は年に一度だけ花を咲かせてくれる。その桜が西都原だけでも二、三十万の人達を呼び寄せる。何故こんなにも人を呼び寄せるのだろうか。桜以外の花でこんなにもたくさんの人が群がる花があるだろうか。考えても思い当たらない。桜には秘める理由が何かあるに違いない。
 毎年繰り返される春の花祭り。桜の木の下に人が群がる。その力は何であるか。色だろうか、香りだろうか、形だろうか。それだけではないだろう。桜よりもっと美しいものは沢山あるだろうから。それなのに群れをなして人が集まってくるのである。
 私はその魅力に惹かれて四十年も描き続けてきた。一日中描いても飽きることはない。描いても描いても描きつくせるものではない。
 人は樹の下に座して歌い、飲んで喰ってしても飽きない。陪くなってもやめよう上しない。
 枝は天空に向かって勢いよく伸びる。そこには他の樹木を寄せつけない生命力がみなぎっている。
 必死になってこの線を描くのだが難しい。でも近づくと花が話しかけてくる。
 枝の間から顔が見え隠れする。この顔を描くことで対話が始まる。人が群がる理由はここにあるのかもしれない。
 花が語りかけてくる。花が笑い出す。桜の花を見ているとこちらも笑い出したくなる。人の心を和らげてくれる。だから人が群がるのかもしれない。
 桜の花は私達に元気を与えてくれている。だから人に愛されるのだろう。
 この花を見ていると人間の一生と似ているような気がする。華やかさも悲しみも湛え、季節がくると全力で美を競ってくれる。物言わぬ桜は、色と香りと姿で私たちを引きつける。
 今年もまた沢山の人がこの桜の下に集まってきた。
 桜が笑う。桜との話は尽きない。
 絵が動く / 弥勒祐徳より



弥勒祐徳さん は、とても気さくな方でした。

弥勒さんは神楽でも何度もお会いしてます。
とても気さくな方で、2009年(平成21年)、西都市の銀鏡神楽でお会いした時は・・

写真を撮る私に、隣で絵を描く弥勒氏から
寒いですなぁー、焼酎のまんですかぁー」と、盃(湯呑)を頂いたのは懐かしい思い出です。

弥勒さんの著書「神楽を描く」

「神楽を描く 宮崎神楽紀行(1994年6月・鉱脈社)」
「神楽を描く 続(1998年2月・鉱脈社)」
は大変興味深く読みました。
絵もさることながら、神楽の紀行文はその当時の交通事情や神楽宿の様子が読み取れ、また、氏の神楽に対する想いも共感を覚えます。
今では絶えてしまった集落の神楽紀行なども貴重です。

神楽について詳しく書かれた内容の本ではありませんが、素朴な文章は、共感を覚えます。

弥勒祐徳(みろくすけのり)氏 著書「神楽を描く」
弥勒祐徳(みろくすけのり)氏 著書「神楽を描く」


弥勒祐徳氏の著書「神楽を描く」より一部引用

何故に神楽を措くのか。神楽とは何であるのか。私が今日まで措きつづけているのは何故なのか。神楽を措きながら私の心をかきたてるものは何であるのか。年に一度しかない神楽は村人にどんな意義があるのか。
 今日まで舞いつづけられていることも、生活の中に神楽が生きつづけたからだろう、そこに神楽の意義があると思う。神を迎え、神を送り、その夜は実に美しい。神々は夜に降りられ、夜明けとともに神の里に帰る。その間が夜神楽である。この山深い里に生きのこった民俗の祭りである。この祭りを私はどうしても絵にしたいと思った。それ以来神楽の絵に明け暮れている。どうすれば神楽が描けるだろうか。難しいことではあるが描きつづけることで神楽の何かが描けるではないのだろうかと思っている。
 神楽にむかって筆を走らせることにより、神楽は何であるかわかるような気がした。そうするより他に何があるだろうか。命のつづく限り描くより解決はないだろう。
日向の山々は、雨雲につつまれていた。神楽で会ったあの人は今日も元気だろうか。今年もお会い出来るだろうか。神々と一夜をすごした一年中で一番楽しい日がくるのもそう遠くない。


尾八重神楽にて(2007.11.22)

弥勒祐徳(みろくすけのり)氏 尾八重神楽にて
弥勒祐徳(みろくすけのり)氏 尾八重神楽にて (2007年11月22日撮影)


浦安の舞で着用している千早(ちはや)は弥勒祐徳さんが書いたものと、現地で聞いた記憶が・・

弥勒祐徳(みろくすけのり)氏の描いた千早(ちはや) 尾八重神楽にて
弥勒祐徳(みろくすけのり)氏の描いた千早(ちはや)
尾八重神楽にて (2007年11月22日撮影)
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