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令和7年の みやざきの神楽 国立能楽堂公演は10月29日(水) 諸塚神楽「桂神楽」観覧募集中

Posted morimori / 2025.08.26 Tuesday / 07:19


令和7年の みやざきの神楽 国立能楽堂公演は 2025年10月29日(水) 諸塚神楽「桂神楽」 現在 観覧募集中です。

みやざきの神楽 国立能楽堂公演 桂神楽(諸塚村) 開催

  • 日時:令和7年10月29日(水) 開場12:30 開演13:30 終演17:40(予定)
  • 場所:国立能楽堂(東京都渋谷区千駄ヶ谷4-18-1)
  • 基調講演 (30分程度)講師:大館 真晴氏
    國學院大學大学院博士課程修了。博士(文学)。専門は日本上代文学。著書に『神話の源流をたどる 記紀神話と日向』(共著、株式会社KADOKAWA)など。宮崎県のみやざきの神楽魅力発信委員会委員をつとめ、宮崎の神楽の魅力や日向神話の魅力を発信している。

  • 神楽公演 (3時間程度)桂神楽(宮崎県諸塚村)
    桂神楽は宮崎県北部、諸塚村の北東、大字七ッ山の桂(かつら)・立岩(たていわ)・矢村(やむら)地区にて保存継承されている。
    起源については明らかでないが、桂集落にある桂正八幡神社に奉納されるものであり、神社は南北朝時代に関東かつらぎの国から歓請されたと伝えられています。
    桂神楽は諸塚村内に残る戸下・南川神楽とは性質が異なり、峠を越えて日之影町大人(おおひと)神楽、高千穂町黒仁田神楽などに類似点が多く見られる。
    各地区の神社例祭では桂神楽三番が奉納されるほか、集落の大願成就の年など不定期に開催される「大神楽(おおかぐら)」がある。その番数は二十二番となっているが、八番「地割」など十三曲約2時間半を要し、大神楽は24時間通して奉納される。

    当日の番付私の予想:おそらく 桂正八幡神社の御神体の舞である八幡様・東征・杉のぼりの3番、他に チラシを参照すると、荒神の言い句・岩戸五番(大神宮引き出し 含む)等は披露されるものと思われます。九州の神楽シンポジウム2020の際には、荒神の言い句 と 早乙女に扮した舞手が稲作の様子を舞で表現した神楽。「みかさ神楽」が披露されているので、みかさ神楽もあるやも知れませんが・・東京ってことで無いかも? 

    【 追記 】当日の演目は
    宮神楽・荒神の言い句・お大神・かんずい・八幡様(座はり)だったようです。


  • 演目解説:小川 直之氏
    専門は「民俗学」。文部科学省文化審議会専門委員、無形文化遺産保護条約に関する特別委員会委員などを歴任。現在は、宮崎県のみやざきの神楽魅力発信委員会委員長として、みやざきの神楽の保存継承や魅力発信に携わる。

  • 入場料: 観覧無料 (要事前申込・全席自由)
  • 応募期間:2025年8月14日(木)〜10月6日(月)※応募多数の場合は抽選
  • 抽選結果通知:2025年10月17日(金)着予定
  • ➡ 応募詳細


みやざきの神楽 国立能楽堂公演 桂神楽 チラシ 1
みやざきの神楽 国立能楽堂公演 桂神楽 チラシ 1


みやざきの神楽 国立能楽堂公演 桂神楽


荒神さま、かく申し候 ──

宮崎県北部の諸塚村。樹々の間から差し込む月明りに導かれた先に鎮座する桂正八幡神社で桂神楽は奉納される。
その日、神楽を納める御神屋は独特の気配を纏い、集う人々の心を躍らせる。

諸塚山系の神楽はその全般が荒神信仰によって構成される。場を清めた後に地主神として降臨する荒神は、象徴的な存在として神楽に現れる。

宮崎県は「古事記」や「日本書紀」に描かれた日向神話の舞台として知られ、神話ゆかりの伝承と共に、現在も200を超える神楽が伝承されています。
各地の暮らしや風土を色濃く反映しながら大切に伝え継がれる神楽は、みやざきの「宝」であり、日本固有の無形民俗文化財としても多くの関心を集めています。

みやざきの神楽 国立能楽堂公演 桂神楽 チラシ 2


令和以降 過去の国立能楽堂での神楽公演

  • 令和元年 銀鏡神楽(国指定:米良神楽)
  • 令和2年 コロナで中止
  • 令和3年 高千穂の夜神楽(国指定:高千穂の夜神楽)
  • 令和4年 村所神楽(県指定:西米良神楽)
  • 令和5年 栂尾神楽(国指定:椎葉神楽)
  • 令和6年 中之又神楽(国指定:米良の神楽)

 ※(指定名)は公演時点の名称
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長崎県 島原市 元市長 鐘ヶ江管一さん 死去

Posted morimori / 2025.08.24 Sunday / 21:35


長崎県 島原市の元市長 鐘ヶ江管一さんが 8月22日、お亡くなりになったとのこと・・
ご冥福をお祈り申し上げます。


今までは無かった・・という 自然災害が頻繁に発生しているいまだからこそ 鐘ヶ江氏の言葉が説得力を増します。

"避難勧告や避難指示、警戒区域の設定などは各自治体の首長が判断し、決断を下します。空振りを恐れず、手遅れになる前の早め早めの決断が首長の役割だと思います。オオカミ少年と言われてもいい。「何もなくて良かった」という気持ちにならないといけない。"

"何もなくて良かった。"という気持ちは、避難する側も同様と思います。

以下は、以前(2021年6月3日)書いた記事の転記です。
雲仙普賢岳で、最大規模の火砕流が発生し、報道関係者、消防団員、警察官ら43名の犠牲者を出す大惨事から今日で30年。


雲仙普賢岳の教訓を未来へ�じ掬膰胸堋后‐皀�江管一さん

それでもやれと(知事に)言われたら「窓から飛び降りる」と言って窓に足をかけた。

NIB長崎国際テレビ NIB news every.特集(2021年5月21日放送)

「避難しても何もなかったじゃないか」と言われたら
その時は「何もなくてよかったな」と思わないといけない
だから空振りを躊躇したらいけないと全国各地で言った。/ 元島原市長 鐘ヶ江管一さん


➡ 平成じげもん【鐘ケ江管一さん】普賢岳噴火、対応に奔走
噴火の「終息宣言」は平成8年。その間、北海道南西沖地震や阪神・淡路大震災があり、その後も東日本大震災や熊本地震、西日本豪雨など各地で自然災害が発生し、多くの人々が犠牲になった。
市長退任後は各地で講演し、災害の恐ろしさや日ごろの備えの重要さなどを訴えている。その数は千回を超えたという。

《警戒区域に設定されれば、そこで生活していた住民が一斉にいなくなる。それをのむぐらいなら飛び降りて楽になりたいと、4階の窓から身を乗り出したところ、高田知事に引きずり下ろされました。「住民の損失は国と県で支援する」と知事から確約を取り付け、設定に合意しました。》

《避難勧告や避難指示、警戒区域の設定などは各自治体の首長が判断し、決断を下します。空振りを恐れず、手遅れになる前の早め早めの決断が首長の役割だと思います。オオカミ少年と言われてもいい。「何もなくて良かった」という気持ちにならないといけない。》

避難の大切さを再度認識したい。

掲載した普賢岳の写真は過去に撮影したものです。

普賢岳 平成新山
普賢岳 平成新山 地獄跡火口


1990年〜1995年(平成2〜7年)の噴火

1990年11月17日(平成2年)、九十九島、地獄跡両旧火口から白い噴煙、水蒸気を上げて噴火が198年ぶりに始まりました。
当初は火山灰も少なく溶岩ドームも形成されませんでしたが、1991年2月(平成3年)の屏風岩火口ができてから、火山活動も活発化し、3つの火口からの大量の降灰が深江、島原方面へもたらされるようになりました。また、土石流も発生し、水無川に沿って海岸まで達しました。
1991年5月20日(平成3年)地獄跡火口に最初の溶岩ドームが出現し、その後、溶岩ドームは成長と崩壊を繰り返し火砕流が頻発するようになりました。
6月3日には成長した溶岩ドームの地滑り的崩壊によって、最大規模の火砕流が発生し、報道関係者、消防団員、警察官ら43名の犠牲者を出す大惨事となりました。(最終的には火砕流は9,432回にも及んだ。)



当時、取材現場の定点を含む一帯は「避難勧告地域」。噴火活動の活発化に伴い地元島原市が報道陣に出した退去要請に、「強制力がない」と多くが従わなかった。その時、一部報道機関が避難で留守になった民家の電源や電話を無断で使用。消防団が監視のため避難勧告地域に戻ったところ、火砕流が押し寄せた。

その後、溶岩ドームは、第13ドームまで出現しましたが、1995年(平成7年)には、噴火活動も停止し、5月には「終息宣言」が出されました。
約200年ぶりに起きた"平成の島原大変"は死者44名、建物被害2,511棟、被害総額2,299億円など、地域生活や経済活動に長期にわたって大きな被害を与えました。

雲仙岳の歴史

  • 701年 行基による開山
  • 1663年(寛文3年)噴火。輝石安山岩質の古焼軽石流(火砕流の一種)が山腹から流出。
  • 1792年(寛政4年)噴火。眉山が山体崩壊を起こし、「島原大変肥後迷惑」の発生その後、山腹からデイサイト質の新焼軽石流(火砕流の一種)が北東に流下
  • 1928年(昭和3年)3月31日 「温泉岳」として国の文化財(名勝)に指定。
  • 1934年(昭和9年)3月16日 雲仙国立公園(現雲仙天草国立公園)として日本で最初の国立公園に指定。
  • 1952年(昭和27年)3月29日 「温泉岳」として国の文化財(特別名勝)に指定。
  • 1990年11月17日 噴火活動を開始
  • 1991年5月20日 地獄跡火口から溶岩ドームの出現が確認される。
  • 1991年6月3日 火砕流が発生。報道、消防関係者を中心に死者43名の大惨事に。この中には有名な火山学者クラフト夫妻も含まれる。
  • 1995年4月 噴火活動の休止
  • 1996年5月20日 島原市と小浜町(現雲仙市)が溶岩ドームを「平成新山」と命名。
  • 2004年4月5日 平成新山が国の天然記念物に指定される。
  • 2007年 日本の地質百選に選定(「雲仙」)。

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宮崎県の広報誌「県広報みやざき」2025年8月 特集1は「神楽」

Posted morimori / 2025.08.02 Saturday / 23:17


宮崎県の広報誌「県広報みやざき」の8月号は、重要無形民俗文化財「米良の神楽」の一つ ➡ 尾八重神楽の➡ 宿人(しゅくじん)が表紙で特集1は「めざせ!神楽ユネスコ登録!〜神楽特集〜」でした。

「県広報みやざき」2025年8月 特集1は「神楽」
「県広報みやざき」2025年8月
特集1 めざせ!神楽ユネスコ登録 〜神楽特集〜 1


➡ 県広報みやざき 特集1(HTML版) ➡ 同PDF版

➡ miyazaki-ebooksで見る

内容としては
  • 日本の神楽を世界の「KAGURA」へ〜めざせ!2028年「神楽」ユネスコ無形文化遺産登録〜
  • ユネスコ登録の意義・効果
  • 世界に向けて神楽の価値を発信
  • 神楽ユネスコ登録に向けた主な動き
  • 神楽の魅力・価値
  • 「神楽継承・振興知事連合」設立
などが掲載。
また、県内各地の主な神楽として �々眄虔罎量訖棲據´∧椴匹凌棲據´D罵嫂棲據´す盡兇凌棲據,�紹介されておりました。

「高原の神舞」を「高原の神楽」として掲載したのは何か意図でも?

※�す盡兇凌棲擇筏�載されておりますが、国の重要無形民俗文化財登録名称は「高原の神舞(たかはるのかんめ)」です。 誤記でしょうかね。
「高原の神舞」は 祓川神楽と狭野神楽の事です。

高千穂の神楽は、国登録名称「高千穂の夜神楽」と正しく記載されているし・・・
宮崎県秘書広報課広報戦略室の発行のようですが、民間企業さんに委託作成しているのかなぁ?
当然、宮崎県文化財課もチェックしているだろうし・・「神舞」を「神楽」に変更したのは何か意図でもあるでしょうか? 不思議です。


高原町の神楽は「かんめ」と称されことが、普段神楽に詳しくない方にも知って頂ける、良い機会だっただけに残念です。


➡ 国指定文化財データーベース(高原の神舞)
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