日々ブログ MORIMORI @宮崎県

継続は力、写真など交え更新 By MORIMORI


FB / twitterのフォローよろしくお願いします。(^^;)

6月4日の桜島爆発的噴火で大きな噴石が人家近くまで|余談 忍野村のフォトコンテスト

Posted morimori / 2020.06.09 Tuesday / 23:53


50cm〜1m程の大きな噴石が3Km離れた住民が住む集落のすぐ近くまで

6月4日、午前2時59分頃、桜島南岳山頂火口で発生した爆発的噴火で飛散したと思われる、50センチから1メートル程度の大きな噴石が火口からおよそ3Km離れた住民が住む集落のすぐ近くまで飛んでいたことが確認されたようです。

当日の気象庁発表では、最大で2km近く(3合目)まで飛散

"弾道を描いて飛散する大きな噴石が、南岳山頂火口より南西方向に、最大で2km近く(3合目)まで飛散しました。噴煙は火口縁上1500m以上に上がりました。”
との事でした。

6月8日 住民からの情報で調査

6月8日午前、桜島に資材置き場を所有する建設業者から、「近くの畑に噴石のようなものが落ちている」と市に連絡があり、市と気象台、それに専門家で現地を調べたところ、噴石の一部を複数確認したということで、確認された噴石は火口から約3Km、東桜島町の山林、集落から100m程度の距離、落下場所には直径6m、深さ2m穴が出来ていたとのこと。

気象庁 噴火警戒レベル「5」には相当せず

桜島の噴火警戒レベルの判定基準では、「大きな噴石が火口から2.5Km以上に飛散」した場合は噴火警戒レベルを「5」に引き上げ、一部の住民が避難することになっているようですが、
今回の対応について気象庁は、「大きな噴石の飛散とは、多数の噴石が飛ぶことを意味していて、今回の噴火はひとつの噴石だったためレベル5への引き上げに該当しない。大きな噴石を観測できなかったことに問題があると考えていない」として、監視体制の見直しなどは検討していないとのこと。

この時の噴火は、気象庁のライブカメラでも確認され、ツイート等でも話題になっていたようですが。見落としでは?

こういった場合、気象庁は現地調査は行わないのでしょうかね。
いつもの事みたいな「噴火慣れ」などなければ良いのですが・・。
5日以降、島内の傾斜計で山体の隆起や膨張は確認されていないということですが、しばらくは注意が必要ですね。

MBC NEWS
桜島 噴石が3キロ飛散 専門家「気象台の監視体制に課題」(6/09)

6/10追記  6月10日(水)11時19分頃、桜島で爆発的噴火が発生し、噴煙は火口上3200mに達した。


以下は、過去に撮影した写真です。

桜島噴火 有村溶岩展望所(ありむらようがんてんぼうじょ) 有村展望台にて

火口から3Km程度のところにあります。

桜島噴火 有村溶岩展望所(ありむらようがんてんぼうじょ) 有村展望台
桜島噴火 有村溶岩展望所(ありむらようがんてんぼうじょ) 有村展望台


 有村溶岩展望所(ありむらようがんてんぼうじょ) 有村展望台

有村溶岩展望所の概要
大隅側から国道224号線を走ると、最初にある展望所で、距離的には現在活動中の桜島南岳の火口に一番近い場所にある展望所です。
(火口は山の裏側になるのでしょうか?噴煙で良く確認できませんでした。)
展望東屋を結ぶ遊歩道(約800m・約20分)を歩きながら、桜島岳をバックに昭和噴火や大正噴火で流れ出た約10万m3の広大な溶岩原をまじかに観察出来ます。

桜島 黒神 原五社神社(腹五社神社)埋没鳥居(1914年 大正噴火)

桜島 黒神 原五社神社(腹五社神社)埋没鳥居

桜島 黒神 原五社神社(腹五社神社)埋没鳥居


 桜島 黒神 原五社神社(腹五社神社)埋没鳥居

黒神地区にあった「腹五社神社」の鳥居は1914年の大正大噴火により1日のうちに火山灰や軽石で埋め尽くされました。
「後世に噴火の記憶を残そう」とそのままの状態で残されており、もとは高さ3mあった鳥居ですが今は約1mを地上に見せるのみです。

以下は 現地、掲示資料より引用


大正の大噴火(黒神地区)

噴火前の状況
大正2年12月下旬から、旧噴火口南岳で盛んに水蒸気が噴出し、瀬戸、横山方面の井戸水が次第に減り始め、逆に白浜方面では井戸水が増えてきた。
有村では、爆発前に温泉の水が沸騰した。
大正3年1月10日、たびたび地震があり、振動が感じられた。
翌、11日には、地鳴りを伴う地震があいついだ。
地割れやがけ崩れがおこった。

噴火当時の状況
12日午前10時頃、赤水、横山の真上、海抜400m付近の中腹がすさまじい音を立てて爆発した。
しばらくして反対側鍋山付近中腹からも爆発が起こった。
その後、爆発は、ますます激しくなって噴煙は7千メートル以上にも達し、火山灰があたり一面に降り注いだ。
13日になると、東西2つの火口からいっせいに赤熱した溶岩が流れはじめた。
14日には、横山付近では城山の上、500mのところまで流れ出し、幅2000m、高さ40mにもおよび、横山、赤水の二つの村を埋めた。
15日には溶岩が海岸に達した。
19日には島全体をおおった。溶岩の速さは、毎時50cmであった。
鍋山付近では、瀬戸村、有村、脇村を埋め、1月30日頃には深さ70m幅400mの瀬戸の海峡を埋め尽くし、大隈半島と陸続きになった。
この大爆発による噴出物の総量は8億立方メートル(30億トン)と推定。
噴出後の測量によると、鹿児島湾まわりは、平均1.5mも土地が沈降していることがわかった。

鹿児島私立黒神小学校創立百周年記念誌より

 
続きを読む>>

PAGE TOP